novel

□Episode6(3)
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『ローラへ

これまで、嘘を書き続けてきた拙者を許して欲しい。
もう真実から目を逸らすのは終わらせなければならぬと思い、今は筆をとっている。
モブリズのあの若者はもう、この世にいない。
拙者がかわりに手紙を書いていたのだ。
すまない…。
過ぎ去ったことに縛られ、未来の時間を無駄にすることはたやすい。
だが、それは何も生み出さぬ。
前に進むことができぬ。
もう一度、前を見ることを思い出して欲しい。

愛するということを、思い出してほしい…。

カイエン』





 エドガーとマッシュと三人で洞窟から出てきたカイエンがセリス達と話していた時だった。
「あれ…? なんでお前らがここに…?」
「ロックッ!?」
 目を点にするティナ。ロックを睨むセリス。
 エドガーが楽しそうに笑って言った。
「大人気だな。ロック」
「おーおー。おかげさまで生傷が絶えねぇよ。お前も気をつけろよ、王様」
 憎まれ口を叩きながら全員で飛空艇に戻る。
 ティナがエドガーのほうを向いて、みんなに聞こえるように大きな声で言った。
「今日は私、カイエンと一緒に寝てもいいかな? 久しぶりに会ったし…たくさんお話ししたいから」
 エドガーが何食わぬ顔で綺麗な笑顔を浮かべる。
「もちろん、かまわないよ」
 その後、小声でセリスに耳打ちするティナ。
「…がんばって!」
「…………」
 苦虫をかみつぶしたような顔で絶句するセリス。
 カイエンの希望で獣が原へガウを探しに行くことが決まり、その日の夕飯は10人で賑やかなテーブルを囲んだ。





「…どこ行ってたのよ」
 不機嫌な声で訊くセリスに、向かいのベッドに座ったロックが手荷物から袋を取り出してセリスに渡した。
「ほらよ」
「え?」
「…開けてみろよ」
「な、なによ…いきなり…」
 不機嫌な態度を必死に維持しながらセリスが袋を開けると、そこには見覚えのある草が大量に入っていた。
「これ……」
 思わず呟いたセリスにロックが笑う。
「良かった。それで、あってたか?」
「……う、うん…」
 セリスがロックに頼んだハーブだった。
 子供の頃からシドの温室でバラやハーブの世話をしていたセリスがロックに頼んだもの。
「崩壊した世界じゃ花も咲かないって噂だったから見つからねぇかと思ったけど、案外山にはまだ結構緑が残ってんだな。飾るような立派な花は厳しいけど、ハーブとか小さな野花なら結構咲いてたぜ」
「これを探すために…?」
 ロックが楽しそうに笑った。
「おう。まさかこの世界一のトレジャーハンターのロック様がそんな普通のハーブ探しに二日もかかるとは思わなかったけどな。ま、見つかって良かったぜ」
 てっきり拗ねてどこかへ行ってしまったものとばかり思っていた。
 頼んだのはセリスだったのに。
 勝手なものだ。ロックがどれだけ優しい人なのかは…セリス自身が一番よく知っていたのに。本当に勝手だ…。こんなだから、マランダの人から言われるまで、平気で昔してきたことも忘れてマランダに出かけて行ったりして…。
「………ロック………ありがとう…ごめ…なさい…」
 袋の上に雫がこぼれる。
 いつの間にか、泣いていた。
「セリス……!? どうしたんだよ?」
 ロックが驚いて目を丸くする。セリスが泣いたところなんて見たことがなかった。いつも気丈で、強くて、仲間内では優しく笑っていて。
「セリス…? 何かあったのか?」
 心配そうな顔で横に座って慎重にそっとセリスの肩を抱いてやりながら訊く。しばらくそのまま泣いていたセリスがぽつりぽつりとマランダのことを話し始めた。
 自分のしてきたこと。マランダの王族が皇帝に何をされたか。
「……私……最低よね…。皇帝が侵略した国の王族に今まで何をしてきたか…グレシアの身に起きたことはこれまで何度も繰り返されてきた残虐な行為の一つでしかない…。皇帝はいつも私だけは特別だと言って私には何もしなかったけれど…。でも……ッ…知ってた…ッ」
 鎖につながれて悲鳴を上げながら拷問され、虐殺されていった女の子たちのこと。目の前でそれを見せられて泣き叫んで皇帝に彼女らの助けを求めて弄ばれて虐殺されていった彼女たちの父や兄たちのこと。…表向きは全員処刑されたとなっているが、町の人々にも噂はされている。
 セリスの話を聞きながら、ロックは以前マッシュから聞いた話を思い出していた。
『ロック。王宮ってのはな、外から見えてるような華やかな場所じゃねぇ。ホントはもっと汚くて…身内にすら信じられねぇような酷ぇことを企んだりやらかすような化け物みたいな連中が着飾って澄ました顔で住んでんだ』
 …服の下で背筋が凍り付いていくようだった。ロックにもようやくわかった。本当に…怖い。よくエドガーもマッシュもグレシアも今まで正気だったものだ。…三人ともロックの知る限りまともな精神をしている。まともな精神の人間なら…怖かっただろうに。
 そして今彼の腕の中にいるセリスも…ある意味ではそんな化け物を見て育ったまともな精神の人間の一人だった。
「……私に…グレシアの心配をする資格なんて……なかったのよ……」
 細い肩で泣きながら小さく呟いたセリスに、低い声でロックが言った。
「それは違うぜ。…セリス」
 泣き顔を上げたセリスの顔をそっと拭ってやって、軽く抱きしめて髪を撫でてやりながらロックは続けた。
「ホントはずっと助けたいって思ってたんじゃねぇのか?」
 昔から。王宮の黒い世界を見ながら。ずっと。
「皇帝に逆らったらセリスだってその子たちと同じ目に合う可能性だってあったんだ。逆らえなかったセリスを責めることなんて誰にもできねぇ」
「でも……ッ。助けてって…泣く声が…ッ」
「…だから…自分の意志で帝国と戦おうって決めたんだろ? 今まで育ててくれた国を敵に回してでも、もしかすると自分が酷い目にあって殺されるかもしれないって知ってても、それでも戦おうとしたんだ…ッ!!」
 考えてみれば、サウスフィガロの町で初めて会った時、セリスも手枷と鎖で壁につながれて身動きが取れないまま、帝国兵たちに殴られていた。もしかすると、ロックが助けなければあの後セリスも…。……考えるだけで心臓が凍り付きそうだった。
「…強ぇよ。セリスは。強くて…優しい」
「ロック…」
 優しく髪を撫でながらロックが続ける。
「昔やっちまったことや…助けられなかったこと…。そういうのってさ、いつまでも忘れられねぇのは仕方ねぇよ。それは…俺が、一番よくわかってる。戦ったって過去が消えるわけじゃねぇ。…いくら皇帝が怖かったからって…セリスがしてきたことを許さねぇ奴だっているかもしれねぇ。でも…俺は知ってる。セリスがどれだけ苦しんできたか」
「…………」
 ボロボロ泣き続けるセリスに、ロックがとどめを刺した。
「それさ…今度から、俺も一緒に背負ってやるよ。そしたら半分になんだろ?」
「……ッ!!!」

「何度でも言うぜ。俺が、お前を守る。守ってみせる」

 彼女を傷つけるすべてのものから。
 彼女を苦しめるすべてのことから。
 守ってみせる。
「ロック…。私…ッ、私は…」
 あなたが…好き。





 ずるずると、深夜に廊下を徘徊する音が響く。恐る恐るカイエンが音のする廊下を覗こうとした時だった。
「何やってる」
「ひぃッ! …とと、セッツァー殿でござったか」
 薄暗い廊下で突然背後から声をかけられて軽く悲鳴を上げたカイエンに、セッツァーが小声で返す。
「あんま夜中に出歩くな」
「厠を探していたでござる」
「かわや? ああ。トイレならどの部屋にもついてる」
「そ、そうでござったか。いや、気づかず…ずっと共用のところばかり使っていたでござる…。そういえば、セッツァー殿は?」
「エンジン音がちょっと気になったんで機関室をな。案の定、一ヵ所部品が古くなってやがった」
 飛空艇のこととなると夜中でも手入れしに行くあたりがセッツァーのセッツァーたる所以である。感心しているカイエンを部屋に戻らせて、先ほどまでずるずると音がしていた廊下を覗く。
 ゆっくりと音もなく部屋のドアが開いて、歩いていた人間が中に入っていくのが見えて、また音もなく静かにドアがゆっくりと閉まっていくのが見える。
 セッツァーが口の中で呟いた。
「…見てねぇ振りすんのも一苦労だぜ。ったく…。早く何とかしてやれよ…兄貴ども…」
 じゃなきゃ、ホントにいつかカイエンあたりに幽霊だって騒がれちまうぞ? 胸中呟きながら部屋に戻る。

 飛空艇は順調に獣が原を目指して飛んでいた。




 
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