novel

□Episode6(4)
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 ドンッ。
 夜。グレシアと二人しかいない食堂でセッツァーが酒瓶を取り出して言った。
「…やるよ」
「え? いや、セッツァー、これ何?」
 固まっているグレシアにセッツァーがフッと思いっきり格好をつけて笑う。
「寝酒に決まってんだろ? 昼にジドールで買ってきてやったんだよ」
「………」
「こいつでこの前の酒場での借りはなしだ」
「……セッツァー…」
 呟くグレシアの前で思いっきりターンを決めて背中で男は言った。
「…いい夢見ろよ」
 グレシアが苦い笑顔で言った。

「寝酒は…かえって中途覚醒が増える…らしい」





 グレシアが食堂でセッツァーに買ってもらった酒をどうしたものかと眺めていると、小さな声がした。
「グレシア〜…はら、へった…」
「ガウ。もう寝なきゃだめだよ」
 といってもまだ九時だが。普段のガウならもう寝ている時間である。
「はら減って寝れない…」
 ぐぅぅぅぅ…。ガウのお腹から音がして、グレシアが苦笑する。
「…今日だけだよ」
 軽食を作ってやると、嬉しそうに手で食べ始めた。
「グレシアも食べないのか?」
「…私はいいよ。全部ガウが食べていい」
「食べないと、寝れないぞ?」
「…………」
 時折、ガウとの会話が噛み合っていないようで噛み合っているのはなんなのだろう。
「グレシア、お腹いっぱい食べたら、眠くなる! 食べろ」
「……良いこと言うね。君は」
 グレシアが作った軽食を笑顔で分けてくれるガウに礼を言って、少しもらう。
 ガウを探してやってきたカイエンと少し話して二人が仲良く部屋へ帰った後、食器を片付けて、また悩む。
 ロックとセリスはあれから上手くいったようで、いつでも二人で一緒に楽しそうに行動している。ティナはシャドウの部屋に行ったようだが、話はできたのだろうか。モグとウーマロは…まぁ、いつも通りだが、フカフカさせてくれることはないだろう。
 結局、帰る部屋なんて一つしかない。
『お前には…安心して眠れる場所があったはずだ』
 シャドウ…。一年間異世界のエドガーと一緒に寝て、戻ってきてからも何度もエドガーやマッシュに一緒に寝てもらって。それでも悪夢は見る。どうすることも…。
『お前は悪夢に囚われるな…』
『寝酒に決まってんだろ?』
『お腹いっぱい食べたら、眠くなる! 食べろ』
 ……ああそうだ。結局、皆の世話になりながらあがくしかないのだ。軽食を作った材料の残りをもう一度取り出して、手際よく酒のつまみを作る。
 グレシアが酒瓶を片手につかつかと大股で廊下を歩いて思いっきり部屋のドアをバンっと開けると、驚いたような目でマッシュとエドガーがこちらを見ていた。
「お、おかえり…」
「エド兄。マッシュ兄。晩酌しよう」
「…寝酒か? それはかえって…」
「いいからッ!」
 言いかけたエドガーの声を遮って、有無を言わさずグラスに氷を放り込むグレシア。
「今日は飲むッ!」
 苦笑してマッシュが小さなテーブルの椅子に座る。
「つまみまで作ったのかよ…お前」
「いっぱい食べたら眠くなるってさっき習った」
 頭が痛そうにエドガーが訊いた。
「………何があった?」





 グレシアに話を聞いて笑いながら三人でセッツァーの酒を飲んでつまみを食べる。
「ん…なかなかいい酒だな。確かにこれは眠るのに良さそうだ。セッツァーは本当にジドールの酒屋で買ったのか?」
 エドガーがラベルを見ながら訊く。
「オークションだって言ってた。セッツァーは常連らしい」
「マジかよ…。一体いくらしたんだ、これ」
 飲んじまって良かったのか? 王族とは思えない発言をしているマッシュに軽く笑いながらエドガーが言った。
「…寝酒という発想はともかく、セッツァーもなかなかキザなことをする」
「兄貴が言うか? それ」
 思いっきり笑いながらグレシアが言った。
「それもすっごいカッコつけて『いい夢見ろよ』ってさ。はは…なんか…ちょっとカッコいいじゃないか…あの伊達男…」
 酔いが回ったのかほんのり紅潮した顔で好戦的に笑って呟いているグレシアを見ながらマッシュが真剣な顔で言う。
「それはつまり、俺にあいつと戦って来いって事か?」
「なんでそうなるッ?!」
 目の前のやり取りにエドガーが砕けた顔で笑う中、マッシュが更に返した。
「やめとけ。セッツァーはギャンブラーだぞッ?! もっとまともな仕事の男を探せ」
「だから違うって。というか、マッシュ兄、意外とそういうところを気にするのか…」
「いや、妹の相手だったら普通そこを真っ先に考えるだろ」
 不毛な会話が続く中、エドガーがただひたすら笑い続ける。
 やがて後片付けが済んで寝ようとしたころ、グレシアがエドガーに言った。
「…昼間、寂しがらせるようなこと言っちゃったから…お詫びに一緒に寝てあげるよ」
 はっはっはっはっは。と笑いながらグレシアをひょいっと抱き上げて、慌ててもがいている彼女をベッドにおろす。
「では当分の間、毎晩詫びを続けてもらおうか」
「そりゃねぇだろ。兄貴。交代制だ交代制」
 チッチッチッチッチ。人差し指を振ってエドガーがニヤリと笑う。
「早い者勝ちだ。マッシュ」
「な…ッ、フライングしといて言うかッ? 大体、こういうのは本人に訊くべきだろ」
「ほう。言ったな?」
 二人の視線がグレシアに向いて、それまでずっと固まっていたグレシアが驚いたような顔で二人を凝視していた。
 そのまましばらくずっと、無言で固まっていた。
 ずっとずっと固まった後、不意に泣きそうになりながら、半分泣きそうなおかしな笑顔でグレシアが口を開く。
「……ごめ…なんっか…安心した……。いい歳して…いっつも兄貴と一緒に寝てもらって…子供みたいでさ…私……」
 苦笑してマッシュが明かりを消す。

「諦めなくていい」
「治るさ。いつか…」

 それは一体、どちらの声だったのか。

「おやすみなさい」





 翌日。
「セッツァー、ありがとう。昨日の酒、みんなで美味しく頂いた」
 すっきりした顔のグレシアに、セッツァーが余裕の顔で笑う。
「なんだ…。ゴタゴタ理屈こねててもやっぱ酒の効果は絶大ってとこか?」
 グレシアが満面の笑顔で答える。
「ううん。全然」
「………そ…そうか」
 なんとか格好を保って苦笑しているセッツァーにグレシアが笑って言った。
「…でも美味しかった。素直になりたいときは…酒に頼るのも悪くはないな」
「すっかり一人前の口きくようになりやがって…。昔のお前は酒なんかなくてももっと素直だったろ。…んなとこまで擦れなくていい。しまいには俺みたいになっちまうぞ」
「……そうかもしれない。気を付けるよ。…ありがとう」
 ほんの少し、事件前のような顔つきで笑って礼を言うグレシアに、思わずセッツァーがいつもの表情を崩して軽く息をつきながら笑った。が、すぐにいつもの顔に戻って話を変えた。
「そういや、昨日オークショニアから面白い話を聞いたぜ」
「競売絡みの話か?」
「ああ。アウザーっていう俺の知り合いが…ま、知り合いっつっても何度か競り合った程度だが、とにかくそのオークション常連の金持ちが、一か月くらい前から競売にぱったり顔を出さなくなったらしい」
「……何を買ったんだ? その人」
 声を上げて笑ってからセッツァーは言った。
「さすがだな! その通りだ。面白いのはそこだ。奴さん、オークションで一か月前に、とある石を落札して以来人が変わったように屋敷に引きこもっちまって画家をどんどん家に呼んでは絵を描かせ続けているらしい」
「なるほど、面白い。魔石の可能性は高いな」
「だろ? 今日覗きに行ってみようかと思うんだが」
 くすっと笑ってグレシアが訊いた。
「…向こうはセッツァーを知らないんじゃないか?」
「るせぇな。言っとくけど競りは俺が大体勝ってんだぞ?」
「つまり、本当に欲しいものは全部負けてるわけか」
 しばらく絶句した後でセッツァーが渋い顔で呟いた。
「…………お前、あまりエドガーに似ない方が可愛いと思うぜ?」
 くすくす笑ってからグレシアが兄によく似た勝気な顔で笑った。

「もう手遅れだ」





 
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