novel

□Episode6(5)
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 暗い廊下を二人の女性が必死に走っていた。
 由緒正しい古い館の壁に掛けられた数々の絵が、二人を見つめている。地下へ続く階段のドアへ駆け込んだところで二人そろって力尽きてへたり込んで肩で息をする。
 グレシアが震える声で呟いた。
「あ…あり得ない…」
 ティナがガタガタ震えながら頭を抱える。
「絵から…腕が…腕が…」
 突如絵から伸びてきた細い腕が二本。ティナに絡みついて引きずり込もうとしてきたのである。
 セッツァーとグレシアと二人がかりでティナを引っ張ってなんとか救出したものの、絵の中の青白い女性がすさまじい形相で三人を睨んでいた。
 …先ほどまでは温和に微笑んでいたはずの…女性の絵が。
 全員で悲鳴を上げて一目散に逃げた。カイエンだけは気絶していたようだったが、誰も気が付かなかった。
「あ…あれ…セッツァーは…?」
 いつの間にか二人で走っていたことに今更気づいてグレシアがきょろきょろとあたりを探すが男はいない。
「ま…ま…まさか……」
 青くなって震えているティナを抱きしめてグレシアが必死に言い聞かせる。…おそらく自分とティナの両方に。
「大丈夫…大丈夫…大丈夫…セッツァーだよ? 今頃さっきの女の人口説いてるよ、きっと」
 コクコクコクコク。腕の中で必死に頷いているティナと二人でそのまましばらく抱き合っていた。
 地下へ続く階段。偶然かもしれないが、そこには絵が一枚も掛かっていなかった。本来ならセッツァーとカイエンを助けに戻るべきなのだろうが…廊下には絵がいっぱいだ。…しばらくここから出られそうにない。
「…ねぇ、グレシア」
「ん?」
 隣に座っているティナに訊かれて訊き返すと、まだ少し青い顔のままティナは言った。
「静かだね」
「うん。静かだ」
 なんとなく…妙な空気になって、三角座りで並んで天井を見上げていた。
「ね、グレシア。もしかして昨日、エドガーさんと喧嘩した?」
「え? あ、ああ…うん。ちょっとね。なんでわかったの?」
 くすくす笑う声がした。
「だってグレシア、夜になってもずっと広間のテーブルにぽつーんって一人で座ってたから。部屋に帰りたくないのかなぁ…って思って」
 昨夜一人でセッツァーにもらった酒を眺めていた時のことだ。
「…ああ。でももう謝ったから平気」
「グレシアが悪かったの?」
 素直な声で訊いてくるティナに、少し考えてからグレシアは答えた。
「…………どうかな。…いや、多分私が悪かったんだと思う。…逃げようとしてたから、私」
「『あまり一人で悩みこまないこと』」
「え?」
「覚えてる? 昔、グレシアが私に言ってくれた言葉だよ。『みんな誰かのために戦うと同時に、誰かの力に助けられながら戦ってるんだ。ティナがみんなのために戦うなら、その時きっとみんなもティナのために戦ってる』って」
 少し懐かしそうな目でグレシアが口元だけで笑った。
「……懐かしいな」
 天井を見上げたまま、ぽつりぽつりとティナが語りだした。
「一年前…たくさんの子供たちを抱えて崩壊した村で、私がなんとかしなきゃって必死になってた時にね、子供たちがみんなで手伝って助けてくれたの。ふふ。おかしいでしょ? 私はあの子たちを助けなきゃって思ってたのに、あの子たちがその手伝いをしてくれるなんて」
「ティナ…」
「その時、グレシアの言葉を思い出したんだ。ああ…私がこの子達を助けようとしてるから、この子達も私のことを助けようとしてくれてるんだなぁって。…きっと今もそう。私があの子たちのために戦っているなら…あの子たちは私のためにきっと村を守ってくれている」
「うん。しっかりした子たちだったから、きっとみんなティナのために頑張ってるよ」
 久しぶりに自然に笑ったグレシアに笑いかけてから、ティナが言った。

「だから、グレシアも一人で悩んじゃダメよ」

「…………」
「…前から少し思ってたの。エドガーさんもマッシュもそうだけど、王族の人たちって人のために働くのは当然でも人のお世話になるのはダメってルールでもあるんじゃないかってくらい、誰にも頼らないでしょ?」
「…そう…かもしれない」
「ええッ?! ホントにそんなルールあるの?!」
「あはは。そんなわけないだろ。自分自身では何も生産していない私たちがみんなから贅沢させてもらって生かしてもらえるのはちゃんと役目を果たすからだ。逆に言えば、人のお世話にならなきゃ生きていけないんだよ」
「…だから、甘えは許されないのね」
 低い声で呟いたティナに、グレシアが驚いた声で謝る。
「い、いや。そんな大層なもんでもないけど…。ごめん。あまり私が人に言っていい話じゃなかったかも」
「ううん。少し…三人のことが分かった気がする。こうして色々話してもらえるの、嬉しい。最近色んな人の部屋で話を聞くのが楽しいの」
「そっか…」
 小さく笑いあって、それからしばらく二人で色々な話をした。グレシアが今苦しんでいることは結局口にはできなかったが、それでも、ティナと女の子同士の話をするのは楽しかった。
 小一時間ほど喋って、あまりに静かなので意を決してそっと地下に降りてみる。
 下にあった大きな扉を警戒しながらグレシアが明けると、広い部屋の中で大きな絵を見知った少女が描いていた。
「リルム…ッ?!」
「グレシア? 久しぶりーッ!! て、あれ? 喋ってる…?」
 脚立の上でパレットと絵筆を両手に持ちながら振り向いた瞬間、絵の中の美女がゆっくりと絵から這い出てくる。
「ああああッ!! また出たッ!! リルムッ! 逃げてぇッ!!」
 ティナが震えながらも必死にリルムを助けに行こうとする。同じように走ろうとしたグレシアに奥の椅子から声がした。
「た、頼む……あの絵を助けてくれ……」
「…あの子を助けてくれの間違いか?」
 思わず突っ込んでしまったグレシアにアウザーが大きな声で叫んだ。
「わしの…わしの大事な女神の絵に魔物がとりついて…」
 …どちらかといえば絵の女神が魔物に見えるが。
「グレシアッ!! どうしよう、あの幽霊、剣じゃ斬れないみたいッ!!」
 リルムを抱いたティナが剣を片手に叫ぶ。
 グレシアが構えていた弓を下ろして叫んだ。
「耳塞いでてッ!!」
 しかし、神経がないからなのか歌も効果がない。
 ティナがリルムを下ろして言った。
「…魔法なら効くかもしれないけど…」
 アウザーの悲痛な叫び声が響く。
「屋敷の中で魔法はやめてくれぇぇぇぇッ!」
「…ですよね」
 小声で呟いたグレシアにリルムが叫ぶ。
「もーーーッ! じれったいなぁッ!! ちょっと二人ともどいてッ!!」
 おとなしく道を譲った二人の間から堂々と歩いてリルムが筆を構える。
「とぉッ!!!」
 びゅびゅびゅびゅッ!! リルムの筆で空中に描かれた大男が絵から現れた美女に攻撃し始める。
「え…えええ?」
 目を点にしている二人にリルムが誇らしげに言った。
「リルムの理想のヒーローだよッ! 超強いぞ?」
「ほ…本当だ…」
 呟いたグレシアの視線の先でリルムの出した男性が美女を瞬殺していた。
「どうだッ!! リルムもちゃんと戦えるよ!」
 えっへん。胸を張っているリルムにぱちぱちと手を叩く情けない大人たち。
「おーいッ! 魔物はくたばったから安心しろよ」
 腰を抜かしていたアウザーを介抱して、地下室を出る。おそらく、魔石の幻獣が地下のラクシュミの絵に憑りついて、そこから屋敷全体の絵を操っていたのだろう…と、グレシアとティナと二人で話し合ってそういうことに決めた。





 アウザーから譲ってもらった魔石を手に、廊下で倒れていた仲間を回収して外に出る。
 グレシアに肩を担がれながらセッツァーが呟いた。
「ひ…ひでぇ目に遭った…。お前ら…俺を置いて逃げやがって…」
「はぐれてたのに気が付かなかったんだよ。絵に襲われたんだろ? 絵がない部屋に逃げれば良かったんだ」
 すると、セッツァーが苦い顔で言った。
「何言ってやがる。あの血まみれの女、絵から這い出てきて廊下をすげぇスピードで這ってどこまでも追いかけてきやがって…」
「え……? 絵から…出た? えっと…どんな女の人?」
「あぁ? 黒髪の…髪の長い白い服の女だよ。お前も見てただろ」
 グレシアが固まる。そんな絵は…なかったはずだ。
「や…やめよう。セッツァー。この話はこれ以上続けちゃいけない」
「はぁ? 何言ってやがる。まさかお前…」
 肩を担がれた体勢のまま覗き込むようにグレシアの顔を見ると、青い顔でグレシアが呟いた。
「…や、やめて。セッツァー」
 泣きそうになっているグレシアに意地の悪い顔でセッツァーが囁く。
「ほー…。そーか。ちなみに、俺が聞いた話だとフィガロ城にも昔から怪談話とか結構あるらしいぜ? 例えば地下牢の…」
「だからやめろってッ!!」
 グレシアが叫んだ瞬間だった。セッツァーの頭に背後から手刀が入って短い悲鳴が上がる。
「グレシアの安眠を妨害する悪い人には…鉄拳制裁」
 セリスだった。どさっと地面に崩れ落ちていくセッツァーを眺めた後、グレシアがセリスに向き直って言った。
「あ、ありがとう…。でもちょっとやりすぎじゃないか?」
 セリスの背後にいたロックが肩をすくめて言った。
「ま、色々あってな。ところで、どうしたんだよお前ら…」
 ウーマロに担がれているカイエンとガウと、ティナにおぶってもらっているモグはまだ意識が戻っていない。ティナが苦い顔で絶句する中、グレシアが小声で言った。
「…厳しい戦いだった」
「は?」
 ロックとグレシアの間を通り抜けて、リルムが風のように走って後ろにいたマッシュにポーンと抱きつく。
「リルムがやっつけたんだよーッ! …グレシアとティナは見てただけ」
 がっはっはっは。声高に笑いながらリルムを抱いてやっているマッシュが景気のいい声で言った。
「ひっさしぶりだなぁッ!! リルムも元気そうで良かったぜッ!」
「ああ。少し背が伸びたかな?」
 嬉しそうに笑っているエドガーにリルムが叫んだ。
「リルムもみんなと行くよッ! うひょひょ野郎を倒すぞーッ!!」
 おー。とかなんとか合いの手を打ちながらみんなで飛空艇に戻る。





 先に飛空艇に戻っていたシャドウを含め、その日は13人でテーブルを囲んで賑やかな夕飯を食べた。
 初めてここで食べた日はあんなに大きく感じたテーブルが、もうほとんど埋まりかけていた。
 がらんとしていたたくさんの部屋も、もう空き部屋は一つしかない。
「今日はティナがリルムと一緒に寝るらしい」
 部屋割りを眺めながらエドガーが呟く。夕飯後、それぞれ部屋に帰った後でたまたま残った数人がまだテーブルで話していた。
「…空き部屋はあと一つ…か」
 呟いたグレシアにロックが低い声で言う。
「グレシア。さっきセッツァーが言ってたんだけど、その部屋……出るらしいぜ?」
「え……?」
 大笑いしながらロックが走り去る。
「なーに深刻そうな顔してんだよッ! 冗談だっての」
「ロック……ッ!!」
 セリスの叫び声が響く。ロックを見送った後、グレシアがエドガーの方を見て訊いた。
「…ひょっとして、ロックに話した?」
 部屋を出て行くと言い出したことを知っているから…出ていけなくするためにロックはあんなことを言い出したのではないのか。
 エドガーが苦笑して肩をすくめた。
 セリスが見計らったようにテーブルの上に紙袋を置く。
「グレシア、ちょっといい?」





 
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