novel

□Episode6(6)
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 物資の補給と情報の収集をかねて久しぶりにフィガロ城へ戻る。
「新興宗教?」
 眉をひそめているロックに、エドガーが肩をすくめた。
「最近フィガロにも少しずつ信者が現れ始めているらしい。入信して教団の総本山とやらに行ったら最後、その人間は二度と戻ってこないそうだ。…困ったもんだよ。国内の信仰の自由は保障してやりたいが…かといってその手の怪しい集団を放置していたら治安が悪くなる一方だからな…」
「取り締まるのか? 兄貴」
 マッシュの方を見てからエドガーが真剣な顔で言った。
「教団の元締めと話をつける。とりあえず、誘拐…ああ、いや、入信した国民は返してもらわなくては…」
 その教団の総本山は巨大な塔だとか。
 ケフカといい、どうやら神を名乗る者は高い塔に住みたがるらしい。
 次の目的地を急遽その塔に決めて、エドガーが貯めていた仕事を片付け次第出発となった。
 解散後、エドガーが軽い口調で言った。
「ところでマッシュ。留守の間、お前に面会の申請が来ていたらしいぞ?」
「面会? 誰だよわざわざ。つか、今の状況で俺が城にいると思ってる奴ってことはほとんど面識ねぇ奴とかじゃねぇのか? ったく。しょうがねぇな…」
「そう言いながらも律儀に会いに行こうとするあたりがお前らしいとは思うがな」
 含み笑いでこちらを見ているエドガーに何か感じつつも、マッシュは素直に訊いた。
「で? 誰なんだ?」

「…申請書によると、お前の師匠だったダンカン・ハーコート氏の奥方だそうだ」





 マッシュが不在の中、グレシアと二人で自室で紅茶を飲みながらエドガーが楽しそうに笑った。
「で、案の定『それを早く言えよッ!!』って怒鳴って慌しく城を出て行った」
「サウスフィガロまで行ったのか…。なら、今夜は戻ってこないな」
 せっかくケーキ焼いたのに…。少し寂しそうに呟いてから、グレシアが顔を上げて言った。
「…でも、マッシュ兄にとってはそっちの家族も大事だから、仕方ないな。お母さんって呼んでたんだろ? 前にマッシュ兄から聞いた。今頃久しぶりに家で楽しく過ごせてるかな」
 しかし、エドガーの顔は明るくはなかった。
「どうだろうな」
「…ん? どういうこと?」
「そうか。お前はあの時いなかったんだったな。…実はな、俺とマッシュがコルツ山で十年ぶりに再会した時…」



『やめろ…ッ! バルガスッ!』
『マッシュかッ!』
『バルガス、何故、ダンカン師匠を殺した? 実の息子で兄弟子の貴方がッ!』
『それはなぁ…奥義継承者は息子の俺ではなく…拾い子のお前にさせるとぬかしたからだッ!』
『違うッ! 師は貴方の……ッ』
『どう違うんだ? 違わないさ…。そうお前の顔に書いてあるぜッ!』
『師は、俺ではなく……バルガスッ! あなたの素質を……』
『戯言など……聞きたくないわぁぁぁぁッ!』




「…と、いうわけなんだ」
 エドガーの小芝居が終わって、グレシアがティーカップを持ったまま目を点にする。
「え…? エド兄、今の物まねはマッシュ兄と兄弟子の人? というか、情景描写とか状況説明とかそういうのは…?」
「なくてもわかるだろう? ほとんどあいつらが全部事情を喋ってるじゃないか」
 …確かに。胸中呟いてからグレシアが訊いた。
「素朴な疑問なんだが、奥義って二人とも継承するってわけにいかなかったのか? それこそ王位じゃあるまいし、奥義を後世まで残したいならできるだけ多くの人間に継承させた方がいいんじゃ…」
 乾いた空気が流れる。苦笑してエドガーが言った。
「…まぁ、確かにお前の言うことは種の保存の鉄則ではあるがな。ただ、奥義には奥義破りが付き物だ。故に、騎士団でも奥義は限られた一部の幹部のみに継承させている。流石に一人ということはあり得ないが……俺にも格闘家の事情はよくわからん。より強い者を残すためにあえて争わせている可能性はあるが…継承争いが元で師が討たれて奥義が継承できていないようでは元も子もない。…マッシュに訊けば少しはわかるのかもしれないが…」
「う、うーん…。で? 二人はその後、戦ったって事?」
「ああ。そして、マッシュが勝った」
「……殺した」
 グレシアの目を見た後、エドガーが低い声で返す。
「ああ。つまり、奥方から見れば息子が夫を殺し、マッシュはその息子を殺したことになる」
 乾いた声でグレシアが呟いた。
「嘘だろ……? だって…あんなに…楽しそうに話してくれたのに…」
 確かに最後に裏切られてしまったとは言っていたけど、それでも十年間のことは感謝している…と…。愕然とした表情でグレシアが続けた。
「……あんまりだ…。身内同士で殺し合う王宮文化を嫌って外へ出てようやく手に入れた幸せな家族が…そんな風に殺し合って終わってしまったなんて…」
 結局、どこまでいっても継承争いの呪縛からは逃れられなかった。
「グレシア…。そうだな…。マッシュは子供の頃からとかく家族に強いこだわりを持っていた。おそらく俺やお前以上に、温かい家庭を求めていた」
 それはここ最近の同じ部屋で三人で生活するようになってからのマッシュの表情からもわかる。こんなに幸せそうな顔をするなんて、エドガーでさえ予想もしなかった。まさかたったこの程度の小さな幸せが、子供の頃からずっと彼が渇望していたものだったなんて。考えてみれば、彼は家族全員を失ったカイエンを仲間の誰よりも気にかけ、孤児のガウを自分の家族のように大切にしていた。
「…温かい家庭……か。寂しかったんだな…マッシュ兄も…」
 本当に…どうしてこうもみんな、寂しいのか。血の繋がった家族として、こんなに近くにいるのに。エドガーが苦笑して言った。
「知ってるか? まだ親父が生きてた頃、お前が甘えてマッシュに抱きつくたびに、あいつは本当に幸せそうに笑っていた。例の事件の話を聞いてようやく、甘やかし過ぎたと後悔しているようだが」
「ああ。…それでこの前、俺が甘やかすと駄目とかなんとか言ってたわけか」
 二人して同じような顔で笑ってから、エドガーが言った。
「甘えていたのは本当はあいつの方だったのかもしれん」
 切ない表情でグレシアが呟いた。
「エド兄も…甘えていいよ」
 ふっと笑ってエドガーが下目遣いに返す。
「お前、最近新手の甘え方を身に着けたな?」
 同じように余裕の表情で笑ってグレシアが返した。
「向こうのエド兄が教えてくれたんだよ。…でも…今日は…どうやら私がダメみたいだ…ここで一緒に寝てもいい?」
 ほんの少し、心配そうにエドガーが訊いた。
「…ッ! 大丈夫か?」
 この前と同じで、今言われるまで全く気が付かなかった。今日も、何かあったのだろうか。…どうも最近、隠し方が上手くなった…ような…。夜以外は以前と同じ、否、以前以上に余裕の表情で笑って見せるようになったおかげで時々忘れそうになる。
 あの事件から、まだたったの一年しか経っていないということを。
 黙って頷いたグレシアをそっと抱きしめる。
 …本当に、自分の手で元通りに直してやれればどれほど良かったか。しかし、人の身でそれほど器用になれるはずもなく、一度壊れた心はそう簡単には治らない。
 だから人は神の奇跡に縋ろうとする。
 




 深夜。真っ暗な寝室のベッドの中で、震えて泣いている妹の髪を撫でる。 
「……エド兄…ッ、…エド兄ッ……いる…?」
 生々しい呼吸音と共に、泣きが入り混じった声が聞こえてくる。
「ああ。ここにいる」
 ずっと抱いてやっているのに、時折寝ぼけているのか、うなされて目を覚ました後、腕の中で何度もエドガーを探して呼ぶ。…それにしても今日は酷い。本当に何かあったのかもしれない。 
「本当に…?」
「ああ。いるよ」
 何度でも優しく返してやる。静かに眠れるまで。ずっと。
「……怖い…ッ…エド兄……眠ったら…また…あそこに戻される……ッ」
「グレシア…」
 抱きしめなおして優しく髪を撫でてやりながら、目を閉じて胸元のグレシアにぽつりぽつりと優しく話しかける。
「いつか…俺が夢に出てきたときのことは…覚えてるか?」
 たまに痙攣しながら震えているグレシアの身体を強く抱きしめて、彼は続けた。
「続きを見よう。…一緒に」
「…つづき……」
「ああ。そうさ。…夢は…きっと作り出せる」
 だから…。

 どうか、いい夢を。





 翌朝。マッシュが城に戻ってエドガーの居場所をメイドに確認すると、もう普通の人なら働き始める時間だというのに意外にも彼はまだ寝室にいるらしいとのことだった。
「兄貴ッ! 話が…」
 ノックもそこそこにガチャっとドアを開けると、ベッドの上で足を延ばして座ったエドガーが口元で人差し指を立てていた。
「…やっと眠ったところなんだ」
 小声で言ったエドガーの腕の中でグレシアが安心しきった顔でぐっすり眠っていた。思わず小声で謝って、マッシュがそっと静かにドアを閉める。穏やかな顔で微笑んで腕の中のグレシアを見つめながら、エドガーが小声でマッシュに言った。
「紅茶を淹れてくれないか?」
 マッシュが思いっきりニカっと笑って親指を立てる。食器の音を立てないように気を付けながら紅茶を淹れているマッシュに、エドガーが小声で続けた。
「朝帰りか? マッシュ」
 軽く笑う声がする。
「変な言い方すんなよ、兄貴。あの人はある意味、俺のおふくろだぜ?」
「…その様子だと、無事和解できたようだな」
「まぁ、な。…格闘家の妻だからな。師匠が俺を弟子に取った日から、覚悟はしていたそうだ」
「………。な、なぁ、マッシュ」
 湯が沸くのを待っているマッシュが振り返って、珍しく聞きづらそうに言葉を探しているエドガーを見つめていた。
「その…これは昨夜グレシアに訊かれたんだが、格闘の奥義継承というものは一子相伝以外は認められないものなのか? お前の話だと、奥方もそれが常識だと思われているようだが…」
 どうも理にかなっていないような気が…。
「………」
 渋い顔で息をつくマッシュ。しばらく沈黙の後に、わいたお湯でいつもの手順で手際よく紅茶を淹れる。
 エドガーが愛用しているいつもの紅茶の香りが部屋を満たして、湯気が上がるティーカップをベッドサイドのテーブルに運んでから、マッシュは低い声で言った。
「兄貴…そいつは…」
「…ああ」
 真剣な顔でマッシュを見つめているエドガーに、彼は言った。

「すまん。考えたことなかった」

 乾いた空気が流れる。
 格闘家とは一体。
「…お前の師匠やその家族も…?」
「多分、深く考えたことないんじゃねぇか? なんつーかこう、あの世界って『考えるな、感じろ』ってのが基本だし…なぁ」
「あ、ああ…。そうか。いや、無粋な事を訊いてしまってすまなかった」
「いや、無粋っつか目から鱗が落ちた気分だぜ。言われてみりゃ確かに不思議だよなぁ…」
 真剣に考え始めるマッシュ。必殺天然モード発動中のマッシュに返す言葉を失うエドガー。
 眠っているグレシアを見つめながら、マッシュが小さな声で呟いた。
「んでよ。わざわざ俺を訪ねて城まで来てくれたのは、伝えたいことがあったかららしい」
 エドガーの目を見てから、マッシュが低い声で言った。

「例の…宗教団体から勧誘を受けたそうだ」




 
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