novel

□Episode6(8)
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 翌日現れた男は奇妙な人間だった。フード付きの黄色いローブに全身を包み、目だけがフードの中から覗いている、体形はおろか、男なのか女なのかすらわからない。
「師匠、あの方は師匠のお知合いですか?」
 庭の長椅子に腰かけたグレシアとダンカンが話す。
「うむ。グレシアよ、よく見ておくのじゃ。これが、マッシュの最後の試練」
「はい」
 とは言ったものの、グレシアの目には紹介されたゴゴという人は到底強そうには見えなかった。
 いや、見た目だけでは測れない強さがあるのかもしれないが…。
 二人が同時に構える。
「………ッ!!」
 まったく同じ構えだった。
 グレシアだけでなく、カイエンとガウも息を飲んだ。
「師匠…ッ! 他にもお弟子さんがいたんですかッ?!」
 グレシアの質問がその場にいた全員の代弁だった。ファファファ。と笑い飛ばしてダンカンは否定した。
「おらんよ。よいか、ゴゴは鏡じゃ」
「鏡?」
「さよう。超えるべき今の自分自身…というわけじゃ」
「……い、いや、どう見ても彼の体形でマッシュ兄と互角に殴り合えるとは思えないのですが…」
 しかし、戦いは全くの互角だった。
 否、明らかにマッシュの方に動揺による遅れが見られる。
 全く同じ技のぶつけ合いと、全く同じ動きでのかわし合い。
 勝負は…結局つかなかった。





 最終試練の突破のために再び修行に入ったマッシュと手伝っているカイエン、ガウの声が外から聞こえてくる中、グレシアが恐る恐るダンカンとゴゴにお茶を出す。
 ずずずずず…。
 対面に座ったダンカンとゴゴが全く同じタイミングでまったく同じ仕草で湯飲みに口を付けた。
「……あの、ゴゴ、さん?」
「ゴゴでいい。なんだ?」
 喋ったッ! 内心叫びつつグレシアが普通に訊いた。
「物まね師って言ってたけど、さっきのはマッシュ兄の物まねをしてあれだけ戦えたって事?」
「そうだ」
「い、いや。あれって一朝一夕でマネできる物じゃないと思うんだけど…。今までどこかで格闘の修行をうん十年してきた…とか?」
「いや。していない」
 頭の上にクエスチョンマークを三つくらい並べているグレシアにダンカンが楽しそうに笑う。
「ファファファ。細かいことは気にするな。そんなことよりグレシアよ、お前の修行はどうなっておるのじゃ?」
「あ、ああ…はい。昨日カイエンが手伝ってくれて、少しわかりかけてきたような…気はするのですが」
「ふむ…。確かに昨日よりは随分気が安定しておるの。よし、では約束通り少し手合わせしてやろう」
 苦い顔で椅子に座ってからグレシアが柔らかい声で言った。
「…お言葉ですが、昨日倒れたばかりでしょう?」
「ファファファッ! わしの心配とは五十年早いわッ! 小娘程度の相手ならあと百年は余裕じゃッ」
 しかし、きっぱりとグレシアが断る。
「勢いでのせようとしてもダメです。…でも、そうですね。もしよければ少々歌っても構いませんか?」
「ほお」
 興味深そうに眼を見つめてくるダンカンに、微笑んで楽器を取り出しながらグレシアが言った。
「吟遊詩人にとっての手合わせのようなものです」
 ダンカンの楽しそうに笑い声が響いた。
「よろしい。では……」
 言いかけたダンカンを遮るようにゴゴが呟く。
「…ふむ。では、今度は吟遊詩人の物まねをしてみるとしよう」
「え…?!?」





 美しい『女性の歌声』が二人分、小屋に響いていた。
 終わった後、ダンカンが感心したように呟く。
「ほお。これは素晴らしい。おぬしを侮っておったのはわしの方だったようじゃ」
 随分身体の調子が良くなったと踊りだしそうな勢いで喜んでいるダンカンをよそに、グレシアが愕然とした顔でぶつぶつと呟いていた。
「あ…あり得ない。さっき喋ってた声と全然違うッ! ど、どこから出てるんだその声…てか、普通にただ真似て歌ってるわけじゃない…ちゃんと歌に気が乗ってる…ッ?! こんなの嘘だ…。絶対どこかで吟遊詩人に習って何年も修行して…」
「していない」
 言い切るゴゴに絶句するグレシア。
「………」
 無言でダンカンを見る。
 細かいことは気にするなと顔に書かれている。
 仕方なくグレシアは訊きたいことを全て一旦置いておいて、一番気になっていた事を訊いた。
「ゴゴ」
「なんだ?」
「…………今の私は……本当にそんな風に歌っていたか…?」
 切ない表情で俯いているグレシアに、ゴゴがはっきりと言った。
「ああ。俺はお前の物まねをしているからな」
「なるほど…。最終試練とはよく言ったもんだ」
 ダンカンは何も言わなかった。





 セリス達が四人で教団の塔に入っている間、停泊中の飛空艇でエドガーがロックとセッツァーと話していた。
「つまり、フィガロにいる旧皇帝親衛隊の連中を拘束するってわけか…。ま、いいんじゃねぇか? グレシアには内緒でやるんだろ?」
 足を組んで話しているセッツァーにロックが小声で言った。
「…それと、セリスにもな。あいつも昔自分が帝国側にいたこと気にしてっから、自分と重ねちまうかもしれねぇ」
 ふむ…。と、呟いてエドガーが言った。
「逆にセリスに頼むわけにはいかないか? セリスなら彼らの顔も知ってるんだろう?」
 真顔のエドガーを見つめて、真剣な顔でロックが呟いた。
「……本気かよ…。…元親衛隊の連中がどんな気持ちで皇帝の悪事の片棒担いでたかは知らねぇけど、セリスはずっと罪悪感感じて…」
「だからこそ、だ。ロック。俺はセリスを罪に問う気は一切ないが、法に問われなくともセリスは一生自分の罪を自分に問い続けるだろう。…俺の知る彼女は気高く美しい。自分自身への許しは甘えだと考える」
「それは…」
 言葉を失ってしまったロックに、エドガーは淡々と続けた。
「ならば、物理的に過去の罪と向き合わせ、清算させるしかない」
 セッツァーが重苦しい顔で言った。
「レディに優しいエドガーにしちゃ随分厳しいやり方だとは思うが…ま、それだけセリスのことを大事に思ってるからなんだろうな」
「そうなのか…?」
 ようやく顔を上げたロックにエドガーが言葉に詰まっていると、セッツァーが苦笑して言った。
「…大切じゃないやつにまで厳しくしてやれるほど、暇な男じゃねぇだろ、アンタ」
 現にゾンビ化するまで働かされているのだ。
 呆れたような顔で息をついた後、ロックが言った。
「…エドガーの言いたいことはわかる。でもな。国王陛下に一つ訊きたい」
「なんだ?」
「捕まえた元親衛隊の連中はどの程度の罪に問われる?」
「…………」
「やっぱりな。…どうせ証拠なんて何も残ってねぇんだ。……セリスとグレシアの証言以外にはな。つまり法に則って裁くにはあの二人のどちらかを法廷に立たせて全部喋らせなきゃいけねぇ。…それでも自分に厳しいセリスはやるって言うかもな。だが俺は……反対だ」
「…………」
 目を閉じて黙っているエドガーに勢いよくロックは厳しい口調で続けた。
「マランダの町でセリスがどんだけ嫌な思いしたか知ってんだろッ!? 俺は絶対嫌だ。公の場で針の筵にされんのがわかっててこの件にセリスを巻き込むなんて…。それともグレシアに喋らすか? 法廷で自分が連中に何されたか…ッ!」
「ロック…ッ! …やめろ」
 セッツァーに止められてようやく黙ったロックに、エドガーは眉一つ動かさなかった。
 静かな声でロックが言った。
「…悪い。言い過ぎた」
 セッツァーが軽く息をつく。しばらく黙った後、ロックが静かに話し出した。
「……つまりだ。まともなやり方じゃせいぜい地下牢に入れるくらいが限界だ。どうせエドガーだってそこまでしかするつもりねぇんだろ? セリスが何と言ったってお前はセリスを法廷に立たせたりなんかしねぇだろうし、ましてこの件はグレシアには絶対知らせるわけがねぇ」
「……そうだな」
 ようやく一言だけ話したエドガーに、セッツァーが静かに息を飲む。ロックがセッツァーの言いたいことを言った。
「いいのかよ、それで」
「………」
「お前からしてみりゃ、八つ裂きにしたって足りねぇくらいの連中だろ? ホントにそれでお前は平気なのか?」
 俺に一言言ってくれりゃ裏で全部片づけてやる…と顔に書いてあるロックにエドガーがほんの少し顔を歪める。
「ロック…。俺は、お前に人殺しを依頼したくない。もうリターナーは存在しない。俺とお前との関係は友人であって…」
 苦しそうに、それでもはっきりと話すエドガーにセッツァーが胸中呟く。
 なるほど。妙なところで潔癖というか、かなり損な性格の国王だ。支配者としては異質だと言ってもいい。権力の感覚にマヒした普通の王なら平気で近しい友人に人殺しの特権法外を与えて依頼するだろう。今のエドガーは歴史上の勝者だ。そのくらいのことをしても何も問題ない。それも気に入らないやつを片っ端から消すというならまだしも、妹を暴行した相手を殺したいというのは万人が理解できる行為だ。というか、気に入らないやつを片っ端から消すくらいのことだって今の彼なら余裕なのだが。
 エドガーだってそれを知らないわけではないだろう。…裏世界の常識を知っていながらそれに染まっていないのが彼の美点なのかもしれないが。
 すると、部屋の入り口から低い声がした。
「ならば、俺が請け負おう。……報酬は特別に、犬の餌代だけでいい」
 シャドウだった。
 エドガーが苦笑する。
「………随分と懐に優しい暗殺者だな。この前のことなら、もう気にしなくていいんだぞ?」
「初めから気にしていない。金で人を殺すのは俺の仕事だ」
「どうだかな。まぁ、確かにセリスに顔を確認してもらってシャドウに暗殺してもらうのがこの件は一番スムーズに片付きそうではある…が、却下だ」
「エドガー…ッ!」
 叫んだのはロックだった。
「…すまんな。だが…」
 エドガーが静かに続けた。
 
「俺はケフカと違って神にはなりたくない」

 息を飲んだ三人の顔を見てから、笑って彼は続けた。
「ま、神になって美しい女神に囲まれてみたいとは思うがな。地上のレディとお付き合いできないのはつまらないだろ? それに…」
 いつもの余裕の顔で格好をつけてから彼は言った。

「神はきっと孤独だ」

 気に入らない者を殺して、気に入らない世界を壊して、そこに残るものは孤独以外にない。破壊神の元には女神すら残らないだろう。
 ロックが笑いながら言った。
「エドガー。お前、王様向いてないって言われたことないか?」
「ああ。それを言った人間は過去に二人だけだ。その二人以外は国中の人間が俺ほど王にふさわしい人間はいないと口を揃えて言ってくれるがな」
 セッツァーが笑って言った。
「…五人に増えたな」




 
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