novel

□Episode7(3)
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 ドマ城はグレシア達が想像していたよりずっと綺麗だった。
 てっきり腐りかけた死体の山かと思っていたのだが。
「…考えることはガストラも同じか」
 城の中を見て回りながらエドガーが冷たい目で呟く。
 世界崩壊前、ガストラ皇帝が北西部の制圧拠点としてこの城を利用しようとしていたらしく、綺麗に掃除された城の中には持ち込まれた魔導兵器の山が畳の上で一年間誰にも整備されず埃を被っていた。
「なんか…ひどいね。この城の人たちを全員殺して、占領してこんな風にしちゃうなんて…」
 機械の鉄で錆びて傷んでしまった畳を見てリルムが悲しそうに呟く。元は荘厳としていたであろう天守閣も帝国製の魔導砲が所狭しと置かれていた。
 エドガーがリルムに静かに返した。
「そうだな…。こんなことを考える者はきっと、いい死に方はできないだろう」
「エドガー?」
 言葉の空気に不穏なものを感じ取ってリルムが顔を上げると、読めない顔で微笑んだエドガーが自分を見下ろしていた。
 さらに城の中を調査すると、旧帝国軍が持ち込んだものと思われる非常食や薬なども見つかった。
「……………」
 グレシアが、兵舎の一室で日誌を読んでいた。
「…マッシュ兄、ここにいた帝国兵は世界崩壊後にベクタと連絡が取れなくなって、全員で話し合ってここを放棄してナルシェへ避難したみたいだ」
 最後の一文は、ナルシェが無事であることを祈る。だった。…普通は『ベクタが』無事であることを祈るだろうに。おそらく、これを書いた帝国兵はもともと帝国の人間ではなかったのだろう。
「そうか。…無事だといいな」
 おそらくマッシュも似たようなことを考えていたのだろう。彼らがそれぞれの故郷に無事帰りついていればいいが。
「…懐かしいな」
 珍しく小さな声で呟いたシャドウにグレシアが軽く笑って返す。
「ああ。私が確かここで倒れてて、マッシュ兄とシャドウが助けてくれた」
 あの時シャドウは礼を言われる筋合いはないとかなんとか言っていたが。
「助かったと思っているのか?」
 グレシアは余裕の笑顔で即答した。
「それは自分次第。私も、シャドウもな」
 それを聞いて、フッと覆面の下で笑って暗殺者は低い声で呟いた。
「……俺の助けが必要ならいつでも言え」
「でも、お高いんでしょう?」
 冗談っぽく言ったグレシアに、男は笑ってくれなかった。
「…金は要らん。……俺がお前を気に入った。それだけだ」
「…………」
 絶句しているグレシアを残してさっさと行ってしまったシャドウの背中に呼びかける。が、返事はなかった。
 ガウと二人でずっと自宅だった部屋にこもっているカイエンのこともあり、飛空艇を近くに停泊させたまま各自ドマ城でその日は一泊することになった。





 事件が起きたのはその翌日のことである。
 城の大広間で朝食をとっていたロックとセリスとティナとセッツァーの元に、ガウが駆け込んできた。
「大変だッ! カイエン、起きないッ!!」
「気疲れか? 仕方ねぇな…」
 パンをかじりながら言うセッツァーにロックがしみじみと言った。
「ああ。やっぱいろいろ思い出しちまうんだろうな…。昔、奥さんと子供を守れなかったって言ってたし…カイエンも…やっぱ思うところがあるんだろうな」
 真剣な顔で語るロックだが、ブンブン首を横に振っているガウを見ながらティナが苦い声で言う。
「うーんと…違う、みたい…」
 セリスが苦笑してガウに少し落ち着いて説明するように言おうとした時だった。
 ストラゴスが部屋に入ってきて五人をみつけるなり真剣な目で言った。
「皆ここにおったか。大変じゃゾイ。シャドウが目を覚まさんのじゃ」
「え?」
 今度こそ四人の声が重なる。
「魔法や薬も一通り試してみたが全く効果がないんじゃ…。あれはただ事ではないゾイ」
 今はリルムやモグたちがインターセプターとともに付き添ってくれている。
 ロックがカイエンのことを口にしようとした時だった。
 マッシュが部屋に入ってきて、嫌な予感に固まっている一同に言った。

「グレシアが、起きねぇんだが」





 エドガーが抱いてきたグレシアをそっと広間に敷かれた布団の上におろす。隣に並んだ布団で寝かされているカイエンとシャドウと三人そろって幸せそうな寝顔で眠り続けていた。
「で、本当に妙な病気とかじゃねぇのか?」
 腕を組んで訊いてくるロックに、ストラゴスが三人の容態を見ながら首を横に振る。
 リルムがシャドウ達の顔を見ながら言った。
「それにしても、なーんかすっごい幸せそうだよね。珍しいじゃん。この三人っていつもの魘され組でしょ?」
 いったいどこで聞きつけたのか、そこまで知っていたのはリルムだけだった。エドガーとマッシュとセリスとロックがカイエンも魘されていたことに驚き、ティナとモグとストラゴスがグレシアも魘されていたことに驚き、セッツァーとガウがシャドウも魘されていたことに驚く。
「カイエン…そうか。俺の前じゃいつも笑ってたが…」
 見抜けなかった自分を責めながらマッシュがカイエンの横で呟く。カイエンほどの老成した人間が弱さをそう簡単に人に見せるわけもなく、見抜けなかったマッシュの未熟というにはやや厳しいものがあったが。
 とにもかくにも、よほど楽しい夢でも見ているのか、三人ともこの上なく気持ちよさそうにぐっすり眠っていた。
 すると、突然三人の身体が光りだし、中から飛び出した三つの光がそれぞれ小人のような姿になって一斉にしゃべりだした。
「私の名前は、レーヴ」
「私の名前は、ソーニョ」
「私の名前は、スエーニョ」
 子供のような声と話し方だったが、人でないことは一目瞭然だった。
「……ッ?!」
 絶句している一同に、彼らは声を揃えて続けた。
「我ら、夢の三兄弟」
「はぁッ?! 夢って……ッ」
 ロックが言いかけた言葉をさえぎって彼らは好き勝手にそれぞれ一人ずつ寝ている三人の前に立って三人揃って続けた。
「この人の、心はいただいた」
「心……?」
 呟いたエドガーも無視して彼らは楽しそうに笑う。
「今日は、ごちそうッ!」
 きゃっきゃとはしゃぎながらそれぞれ一人ずつ寝ている三人の身体に消えていく。
「…………嘘だろ?」
 何事もなかったかのように元の静かな部屋に戻ったドマ城で、ロックが愕然とした顔で呟く。セリスが険しい顔で言った。
「追いかけましょうッ。三人の心を取り戻すのッ!」
 平常心に戻ったエドガーがいつものトーンで言った。
「なら、三つにパーティを分けよう。誰が誰を助けに行くかだが…」
 言いかけたエドガーが指名する前に、ガウが叫んだ。
「おれッ、カイエン助けに行くッ! カイエンは、おれのオヤジだッ!!!」
 言い切ったガウに、マッシュが目を丸くする。エドガーがしっかりと頷いてマッシュに言った。
「マッシュ、ガウについて行ってやってくれないか?」
「でもよ……」
 迷っているらしいマッシュの目をまっすぐ見て、エドガーが言い切った。
「グレシアの救出は俺が行く。俺に任せろ」
 それでも彼はしばらく黙っていたが、やがて何かを振り切るようにエドガーの顔を見て言った。
「………わかった。兄貴に任せるぜ」
 苦い顔で、それでもきっぱりと言い切って気持ちを切り替えたマッシュに頷いてから、エドガーが続けた。
「それと、シャドウは…」
「…わしが行こう」
 ストラゴスだった。リルムがいつもの調子で続く。
「それじゃ、リルムもおじーちゃんと一緒に行くよ」
「ダメじゃ。お前はガウたちとカイエンのところへ行きなさい」
「えーッ!? なんで? なんかリルムに隠し事?」
 図星を刺されたストラゴスが目に見えて慌てる。
「え、ええい、聞き分けの悪い子じゃゾイッ!」
 セリスが静かに言った。
「…なら、私もシャドウを助けに行くわ。グレシアも心配だけど…そっちはロックに任せる」
「いいのか?」
 最近、セリスを気遣ってティナやグレシアと一緒にいることが少なくなっていたロックが心配そうに訊くと、セリスが苦く微笑んで言った。
「この中でお兄さん以外にグレシアと一番付き合いが深いのはあなたよ、ロック。それに…あなたの気持ちはよくわかったから。ロックはいつも通りにして」
 ここ最近、部屋で二人で暮らしてみて、よくわかった。一度セリスに平手打ちされてから一度も手は出さなかったが、それでもロックはいつもセリスの話をよく聞いてくれて、笑わせてくれて、支えてくれる。…愛してくれる。
 だから。真剣な顔に戻ってセリスは続けた。
「それに、この中で一番シャドウと付き合いが深いのも、きっと私だから…」
 帝国軍に雇われていたシャドウと一番話していたのもセリスだった。ティナが、真剣な顔でセリスに言う。
「セリス、私も一緒に行ってもいい? シャドウが…自分から感情を捨てた理由が知りたいの」
「ふむ…」
 呟いたストラゴスに軽く舌打ちしてからセッツァーが言った。
「仕方ねぇな。それじゃ俺は自動的に余ってるグレシアに行くしかねぇじゃねぇか。ったく面倒くせぇ」
 悪態をついているセッツァーにロックが呟いた。
「……行きたいなら素直にそう言えよ、セッツァー」
 なんだかんだ言ってセッツァーとグレシアもそこそこ仲がいいのだ。
 恥ずかしそうにロックに怒鳴り返すセッツァーをよそに、渋い顔で唸っているモグとウーマロに見張りを頼み、三人の物まねをしていつの間にか寝ているゴゴを放って、彼らは三人の夢の中へと飛び込んでいった。





 
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