novel

□Episode7(5)
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 マッシュよ……俺は…親父が恥じないような王か?



「これが本当に俺の幻覚なら…今見えている親父もグレシアも、俺の記憶が作り出したただの幻ということになる」
 自分を落ち着けるようにエドガーが固い声で話す。周囲では相変わらずロックとセッツァーがよくわからないことを口々に叫んでいた。
 父親の陰に隠れたままグレシアが小さく口を開く。
『エド兄、何言ってるの? 私は幻じゃないよ…?』
 懐かしい笑顔で楽しそうに笑って父親が言った。
『…エドガー。今ここにいる俺がどういう存在であるかは今のお前には関係ない。お前が認識するものはお前の中で認識した通りに存在する。違うか?』
「…………。…前にも訊かれたことがある質問だ。やはり俺の記憶の中から…」
 落ち着け…。ゆっくりと剣を抜く。これが本当に自分の記憶なら…勝てるはずだ。
『そうかな? 俺はお前に負けたことは一度もないはずだが』
「…………ッ!! それは…やってみなければわからないッ!」
 叫んで斬りかかる。抜いた剣で受けた父が好戦的な顔で笑った。
『…甘いな。その浅はかさが身内を危険にさらす』
「……ッ!」
 一瞬動揺した隙を突かれて一気に斬り込まれる。慌ててエドガーが背後に跳んでなんとか言い返した。
「十年前と一緒にするな…ッ! 俺だって…この十年…ッ」
 詰まった声で叫んで斬りかかるが再び止められる。剣を交えたまま、競り合いながら幻影の父が叫ぶ。
『お前に何ができたッ?! この十年でグレシアはどうなった?』
「……ッ、言うな……ッ」
 心が…苦しい。本来なら父は十年歳をとっているはずで、二十八歳のエドガーの力が上回るはずだ。しかし、十年前の姿の相手の力はエドガーと完全に拮抗していた。
『お前の読み負けでどれほどの犠牲を払ったッ?! グレシアに一生消えない傷を負わせただけではない。大勢の幻獣たちの死も、お前の責任だ』
「………………そうだ。否定はせん。俺が負うべき責任だ……だから…俺はその責任を…ッ」
『果たせたといえるのかッ?! 皇帝に勝ったのはケフカの裏切りがあったからだ。お前の力ではない。所詮は裁きの光を手にしたのが皇帝であったかケフカであったかの違いだ。世界が滅んだのも全ては……』
 押されかかったまま、全身の力を振り絞ってエドガーが激高した。

「世界はまだ滅んでなどいないッ!!」

 押された体勢から一気に押し返して父親を跳ね飛ばして、滅多に見せたことのない余裕のない顔で怒鳴った。
「たとえ俺がどれほど不甲斐無い王であったとしても、民が生き続ける限り国は終わらないッ! 人は世界を再生できる。再び夢を作り出すことも」
『…………』
「…俺は、王としてこれからも人々を導く。それが…俺の責任の果たし方だ」
 鋭い目で剣を構えて父と向き合う。エドガーが続けた。
「親父…。いや、親父の不出来な幻影か。これで終わりにしよう。確かに親父は俺に厳しかったが、今のお前のように無意味に俺を否定し追い詰めるようなことは決してしなかった。本物の親父でないなら、俺は負けん。グレシアも同じだ。あいつは強い。一時の感情に甘えて自分の責任を放棄するような奴じゃない。…お前にはわからんだろうが、な」
 エドガーの目の前で喉の奥から響くような嫌な笑い声を漏らしながら、『それ』は徐々に形を変えていった。





『ねー、父さん』
『んー?』
 子供の頃のように父親の腕の中で甘えながら、グレシアが不意に言った。
『…私、恨んでないよ。父さんのこと』
『…………。どうした? 急に』
 くすっと笑ってグレシアが続ける。
『前に私に謝ってたでしょ? …ホントは聞こえてたんだ』
『…………』
 懐かしい父親の胸に顔を埋めて、目を閉じる。
『なんで謝るのかも想像ついてたよ。あの時は帝国との同盟が決まった直後だったし。言っとくけど、私をそういうことがわかる人間に育てちゃったのは父さんだからね? …おかげで覚悟もできた。いつか帝国に身売りしてでもフィガロを守らなきゃいけないようなことになるのかなって考えたりもした。…それがじいやたちから言われてたみたいに王族の女性として生まれた私の役目だったし…ね。でも、エド兄が必死に守ってくれたから、生贄にはされずに済んだ。まぁ、結局無傷では済まなかったけど、それは私のポカ』
 苦笑しているグレシアを抱く腕に力を込めて、父親が低い声で呟いた。
『……そうか。…強くなったな、グレシア』
 綺麗な顔で微笑んでグレシアが続ける。
『だからね…誰も恨んでないよ。父さんも、じいやたちも。…もちろんエド兄も』
『だが、痛かったろう?』
 昔と変わらない低い優しい声に少し泣きそうになりながら、グレシアが小さく笑った。
『うん。あとでエド兄とマッシュ兄にたくさん泣きついちゃった。…ホントは笑って全然平気だったよって言いたかったんだけど……』
『…そうか。頑張ったな……』
 グレシアが歪みそうになる顔で必死に笑う。
『………うん。…頑張ったよ……』
 喉の奥から絞り出すように呟いて、目にたまった涙を拭ってそっと立ち上がってから彼女は続けた。
『ありがとう、父さん。…もうちょっとだけ…頑張ってくるね。いつかまた会う時に、また褒めてもらえるように頑張ってくるから。私がそっちにいくまで、待っててね』
 笑顔で告げる。すると、少し寂しそうに笑って父は言った。

『…行ってこい』

『父さん……』
『元気でな』
 今まで気が付いていなかったが、グレシアが首から下げていた石が、仄かに光っていた。思わず目を見開いたグレシアを抱きしめて、父親が耳元でささやいた。

『…幸せになってくれ』

 意識が遠のいていく。昔は全く気が付かなかったが、抱きしめられるその感覚が…どことなくエドガーと似ているような…そんな気がした。





「グレシアッ!!」
 幻影の父親を倒して自力で幻覚から覚めたエドガーがようやくグレシアの所にたどり着く。エドガーが見ていた幻覚の正体だったあの黒い霧のようなモンスターは取り逃がしてしまったが。
 霧は晴れたようだった。
「遅かったじゃないか。エドガー」
「……ッ!!」
 思わず身構えたエドガーに、眠っているグレシアを抱いた父親が軽く笑う。
「…グレシアなら大丈夫だ。もう俺を恋しがってあのモンスターに付け込まれることもないだろう」
「何……?」
 訝しんでいるエドガーにグレシアを渡して、男は続けた。
「連れて帰ってやってくれ。…今度こそ、しっかり守ってやってくれよ」
「………」
 グレシアを抱いて戸惑っているエドガーに、懐かしい笑い声が降り注ぐ。
「はっはっは。少し見ない間に大きくなったな、エドガー。ま、それでもまだ俺のほうが男は一枚上だが。…王としては、俺よりよほど立派になった」
「………親父…? まさか……」
 かつてないほど驚いた顔でエドガーがかすれた声を出す。余裕の笑顔で父親は言い放った。
「マッシュとグレシアと……フィガロを頼むぞ、エドガー」
「………………待て…」
 震える声で引き留めようとするエドガーから歩き去って、最後に振り向いて父王は言った。

「俺はお前を誇りに思う」

「待ってくれ……ッ!! 親父ッ!!」
 だが、もう彼の姿はどこにもなかった。
 グレシアを抱いたまま、一人取り残されたエドガーが歪んだ顔で俯いて呟く。
「………相変わらず……言いたいことだけ言って……ッ。俺に……全部投げて……自分だけさっさと逝って……ッ。……く…ッ」
 思いっきり目をつぶって上を向く。
 意地でも泣くまいと、歯を食いしばった。





「あれ……エド兄?」
 エドガーがグレシアを抱いたまま腰を下ろしていると、腕の中でグレシアが目を醒ます。いつぞやに見たような光景だった。
「おはよう」
 笑って返してやる。
「これってもしかして…私、やらかしちゃった?」
「はっはっは。まぁ、そんなところだ。ちなみに今回は本当にまだ夢の中だぞ?」
 ついでに言えば、ロックとセッツァーもまだ幻覚中だ。
「え……? 今回…は…って…ちょっと待って…こんな状況…前にどこかで……」
 封印されていた記憶がとけそうになっているグレシアに、エドガーが苦笑する。
「しかし…グレシア。お前、夢の中では幼児化する癖でもあるのか? 前回はともかく、さすがに二十六にもなって今回のアレは……」
「み…みみみ…見た…?」
「ああ。親父にべったりくっついて…『とーさん、だいすきー』」
「あああああああああああああッ!! やめてやめてやめてッ!! お願い忘れてぇぇぇッ」
 真っ赤になって叫んでいるグレシアに、声高に笑うエドガー。
「たとえ俺が忘れたとしてもロックとセッツァーも見たんだが…」
「イヤぁぁぁぁぁぁああッ!!」
 その後、幻覚に振り回されてボロボロになっていたロックとセッツァーをグレシアが自分の歌で無理やり眠らせ、エドガーと四人で夢の中から脱出し元のドマ城に戻った。
 ちなみに、あとで目を醒ましたロックとセッツァーには『全て』夢だったと説明した。
 なんとなく納得のいってなさそうな二人だったが、自分たちが見ていた夢もかなり人に聞かせたくないものだったらしく、結局、全部夢だったことにしてくれた。




 
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