novel

□Episode7(8)
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 グレシア自身は、どのくらいの勝算をもってこの戦いに挑んでいたのだろう。おそらくこれは、彼女が今まで経験してきたどの戦場とも違う。戦場で戦う相手は常に人間だ。魔導の力など、進歩の差はあれど所詮は人間が持つ力であり想像を大きく超えることは少ない。戦術だけで争える土俵であれば、今まで負けることはなかった。グレシアを超えられる軍師は世界にそう何人もいない。稀に単独で強力なモンスターが町を襲ってニュースになることもあったが、数の力で人間は常に勝利を収めてきた。意思をもって徒党を組んで人間を襲撃してくることがないモンスターは町にいる限り人間の敵ではない。
 しかし、これは神との戦い。
 かつて誰も経験したことのない、神との戦争。
 どのパーティももはや常識外れともいえる広範囲攻撃を何度も受け、戦いとすら呼べない状態が続いていた。
 歌い負けた後、女神のクエーサーをもろに受けて地面に転がったグレシアが動かない身体を叱咤しながら必死に顔を上げる。まさか…自分が歌で負ける日がこようとは。それも、クリアマインドの発動中に。
 辺りを見渡すと、立っている者は誰もいなかった。
 リルムを庇うように倒れているシャドウと、彼の横で必死に立ち上がろうとしている傷だらけのインターセプター。もはや生きているのか死んでいるのかさえ分からない騎士たち。
 また…この光景だ。サマサの村で絶望した時と同じ、あの光景。
 女神の歌うような美しい詠唱が子守歌のように心地よく耳に響く。
 この詠唱は…サンダガか。
 死ぬのかな。
 言うことを聞かない身体を地面の上で必死に動かそうとしながら、そんなことをぼんやりと頭の片隅で考える。考えてみれば、幻獣の力でさえ人間は遠く及ばない。結果的に幻獣の力を人が利用したことで人は幻獣の力すら自分の力にしたような気になっているが、決して人が幻獣の力を超えたわけではないのだ。まして、三闘神はその幻獣を生み出したといわれる存在。超えられる道理がどこにあったんだろう…。
 他のパーティも同じような状況だろうか。
 負ける…。今度こそ、世界は崩壊する。
 女神の片手がまばゆく光ったその瞬間だった。
「……ッ?!」
 首からかけた二つのクリスタルが一気に光ってグレシアの身体を包んでいく。
「な……ッ、ち…ちょっと待ってッ!! ここで私がいなくなったら…ッ!! 今飛ばさないでッ!!」
 いや、ここで飛ばされなければこのまま死ぬということなのかもしれないが。だとしても、今自分だけ逃げるわけにはいかない。
「……ダメか…」
 思いっきり目を閉じたグレシアが平衡感覚を失う。





 気が付くと、不思議な空間にいた。
『ここは…向こうの世界?』
『…ある意味ではな』
 真っ暗な空間の中で、よく見知った人物が光を放ちながら浮かんでいた。
『父さん……』
『なんて顔してる。それとも、このオチはお前にとって意外だったか?』
 いつもの顔で笑っている父に、グレシアが無表情のまま口を開いた。
『いや。薄々想像はしていた。今まで私が向こうの世界で観てきたものは本当は全部私の夢で、向こうの世界の正体はこの世とあの世の堺が見せる夢だったんじゃないかって。…でも今回は今までと違って本当に助からないから、父さんが迎えに来てくれたってことなのかな』
 すべて幻なんじゃないかと、そう思ったことはあった。生き残る意思を試されていたのならば、向こうの世界に残ることを選べばそれが死を意味することも説明がつく。
 しかし、父は苦笑して首を横に振った。
『そうじゃない。…それもなかなか面白い空想だとは思うが…。お前が今まで何度も行ってきたパラレルワールドは実在する。そこにいたエドガーもマッシュもな』
『………ッ! ち、ちょっと…待って…。それじゃあ…』
 声が少し震えていた。

『あなたはどっちの父さんなの?』

 切なく微笑んで彼は言った。
『…お前の言う『向こう側』だ。生まれたばかりのお前を…助けられなかった側の…』
『………』
『もうわかっただろう? 俺はお前を迎えに来たわけじゃない。今までお前を助けていたのはそちらの世界の俺だ。たまたま利害が一致したのでな。俺が助けたかったのは…』
『『お前じゃなくこちら側のエドガーだ』かな』
『…………』
『やっぱり世界が違っても父さんは父さんだね。…そんなに、自分を責めなくていいんだよ。そっちの世界の私だって…きっと父さんを恨んでなんかいない。もちろんそっちのエド兄だって』
『…………』
 静かなグレシアの声だけが続いていた。
『結局こんな結果になっちゃったけど…こっちの世界もそっちの世界も、みんな頑張ったよ。世界を救おうとして…必死に…』
 なんとかして笑おうとするグレシアに、固い一言が突き刺さった。

『諦めるのか?』

『……………ッ!!!!』
『…お前の想像通り、そちらの世界のエドガーやマッシュや他の仲間たちも、こちらの世界のエドガーもマッシュも他の仲間も、圧倒的な神の力を前に、追い詰められている』
『………』
『だが、まだ生きて戦っている』
 拗ねるような声が飛んだ。
『…私に……どうしろってんだ…』
『グレシア…』
 優しい声に耐え切れなくなったグレシアの詰まった声が喉の奥から断続的に吐き出されていく。
『もう…ッ、私は充分頑張ったよ…父さん。クリアマインドは人が悟れる限界の境地だ…ッ。それでも神には勝てなかったんだよッ!! …私にできることはもう…………』
『…なるほど。向こうの俺の言ったとおりだな』
『え………』
『…甘えたがり屋だ』
『…ッ』
 返す言葉なく俯いているグレシアに、男は続けた。
『いいか、グレシア。神話は人が作るものだ』
『…どういうこと?』
『よく聞いておけよ。これは…俺がお前にしてやれる最初で最後の仕事だ。グレシア、俺たち為政者にとって、甘えたがり気質は決して悪いことじゃない』
『…………人を束ねる者は人の力を借りなければ存在意義を失うから…』
『そうだ。お前が自分一人の力でその境地に達したわけではないのと同様、世界もまた、一人の力によって紡がれるものではない。これまで何度もお前をこちらの世界から元の世界へ連れ戻してきたものはなんだ?』
『……ッ。エド兄…マッシュ兄…』
 どちらの世界も。みんな優しかった。他の、仲間たちも。ずっと彼女が生きる支えだった。甘えたがりの彼女を、一人にしないでいてくれた。
『…グレシア、まだ家族や友を救いたいと思う気持ちがあるなら、偽りの神の神話に依るな。お前は自分の神話を作れ。お前は一人じゃない』
 どんなに苦しくても自分にしか超えられない壁もある。そんな時こそ、振り返れば一人じゃない。
『…父さん』
『ん…?』
 まっすぐ顔を上げて、彼女は言った。
『ここで歌ったら、そっちの世界に私の声、届く?』
 少し間があってから、観念したような声で父が言った。
『…方法はある。が、大切なものと引き換えになる』
 既にわかっていたような顔でグレシアが好戦的に笑う。
『だよね。大抵こういう反則的なものってそんなんだと思ってた。…何を引き換えにすればいいの?』

『……フィガロ城の隠し部屋だ』

『……ッ!! 大切なものって…それ…ッ?!』
 あの部屋がなくなってしまえば、死にかけない限り二度と向こうの世界に行けなくなる。それが…代償。
『…よく考えて決めてくれ。たとえあの部屋がなくなってもこちら側のお前の存在がなかったことにはならん。つまり…こちら側のエドガーやマッシュにとってそれは…』
 辛い顔で話し続ける父親に、軽い笑い声が聞こえてくる。
『なぁんだ。そんなことでいいんだ。もっかい声が出なくなって今度はもう一生治らないとかそんなのかと思ってたよ。…あの時はホントに辛かったからさ…』
『グレシア…』
『いいに決まってるでしょ? あの部屋がなくなってもそっちの世界が救われるなら…そっちのみんなが生きていてくれるなら、それが一番いい』
 笑っているグレシアの顔をそっと撫でて、小さく笑う。最後に呟いた一言は、果たして聞こえたかどうか。

『…大きくなったな』





 ぐったりと倒れているモグに必死に覚えたばかりのケアルをかけ続けていたガウの耳がぴく…と動いた。
「…誰かが…歌ってる」
 聞き覚えのない声だったが、優しい歌声がどこからともなく響いてくる。
「こ…これは…」
 フォースフィールドを張っていたストラゴスが叫んだ。
「魔力が戻ってくるゾイッ!!」





 ティナの唱えたアレイズで戦線復帰したエドガーがケフカの攻撃からティナを庇いながら戦っていた。背後のティナがセッツァーにもアレイズを唱えていたが、彼女の魔力も限界が近い。
「……ッ? この声は…」
「……歌ってる? …誰? え、エドガーさん…ッ! 魔力が…回復してきたみたいッ!!」
 驚いているティナの前でエドガーがごく小さな声で呟いた。
「………グレシア…?」





 
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