novel

□Episode7(8)
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 セリスがなんとか力を振り絞って立ち上がった時、周りで立っている者はいなかった。鬼神が高らかに告げる。
「驚いた……よもや、人が我が裁きを耐え抜こうとは……よかろう、死の果てまで戦い続けようぞッ!」
「く……ッ!」
 剣を構える力さえ残っていないセリスに鬼神の槍がまっすぐ迫ってくる。
 セリスが目を閉じた瞬間だった。
「……ッ! まだ…やれる…ッ」
 マッシュだった。セリスの目の前で全身で鬼神の巨大な槍を受け止めて満身創痍の身体で踏ん張っている。
 鬼神の詠唱が聞こえてきて、セリスがせめてマッシュの傷だけでも回復しようとするが、もはやケアルを打つ魔力すら残っていない。
「……セリス…ッ、……これを…ッ」
 いつの間にか立ち上がっていたロックがセリスの剣を握って隣に立っていた。
「ロック……ッ!!」
 反射的にロックの手を取るセリス。立っているのがやっとの二人で、魔封剣を掲げる。
 どうやら鬼神の詠唱は不発に終わったようだった。耳元でロックがささやく。
「セリス…次の詠唱が来る前に剣を下ろしてマッシュの傷を回復してくれ」
「無理よ…もう魔力が……」
 ロックが何か言おうとした瞬間だった。
 マッシュが呟いた。

「歌が……聞こえる…」





 グレシアの歌は元の世界側にも届いていた。セリスと二人で魔封剣を掲げていたロックが思わず叫ぶ。
「グレシアだ…ッ!」
「女神パーティの戦闘が終わったってこと…ッ?! でも…いったいどこで歌って…」
 話している間にも鬼神の槍を食いとどめているマッシュがずるっと足元から少しずつ押されてくる。
「セリスッ! 考えるのは後だッ!! マッシュの回復をッ」
 叫んでロックが自分も回復魔法の詠唱にかかる。このチャンスを逃せば…本当に後がない。





 二つの世界のすべての戦場に響き渡る歌が、世界を救おうとするすべての人々の傷を癒し、魔力を回復していく。
 ギャレットが気が付くと、アシュレーが自分の傷を応急手当てしていた。
「……ッ!! 俺より先にご自身の治療を…ッ」
 叫んだギャレットに、満身創痍のアシュレーがかすれた声で返す。
「悪いが、できかねる…ッ。君を死なせると…殿下に合わせる顔がない…ッ」
「………ッ!」
 苦しそうな顔で必死に治療するアシュレーの背後からゾンビ化した騎士が斬りかかる。
 一瞬反応が遅れたアシュレーが覚悟を決めた直後だった。
 正気に戻った騎士が驚いた様子できょろきょろと周囲を見ていた。
「……これは…歌? 殿下?」
 歌声が終わった後、どこからともなく駆けつけたグレシアがアシュレーに叫ぶ。
「…遅くなってごめんッ!! アシュレー、重傷者を連れて下がってくれ。…今、この瞬間から…上級大将として私が戦線の指揮を引き継ぐ」
「しかし……ッ、殿下を残して私が引くわけには…ッ」
「そういうこと言ってると…」
 子供の頃のようないたずらっぽい顔で笑ってグレシアが言った。
「…またエド兄に護衛はいらないって言われちゃうよ?」
「…………ッ!!」
「ここは大丈夫。もう…負けない」
 その顔は、今まで見たことがないほど自信に満ちていた。
「…わかりました……。…命に従います。どうか…ご無事で」
 アシュレーがギャレット達重傷者を連れて下がった後、再び歌う。
 女神に操られた者たちが次々と正気に戻っていく中、女神が叫んだ。
「まさか…調和をもたらす者だとでもッ!?」
「ここまでだ…女神。あなたに…私の魂は量り切れない」





 何度も何度もケフカのメテオを受けながらアレイズで蘇生しあって何度も立ち上がってくる三人にケフカが半ば呆れたように呟いた。
「なぜですか…? なぜ、死ぬとわかっていてそうまで生きようとする? 死ねば無になってしまうのに」
 自身もボロボロになりながらエドガーがティナの手を取って起こす。
「…大切なのは結果じゃない。今、何のために生きているか…。何を作り出す事ができたのか…」
 ティナがエドガーの横で続けた。
「守るべきものは何なのか…」
 もはや全員が根性だけで立っているに過ぎなかった。それなのに、不思議と誰一人絶望はしていない。
 セッツァーが悠々と続けた。
「生きている間に人がその答えを見つけだす事ができれば、それでいいんじゃねぇか?」
 むしろ苛立っているのは優位に立っているはずのケフカの方だった。
「お前は見つけたのですかッ!? この死に絶えようとしている世界で…ッ」
 フッと顔を見合わせて笑う。
 そんな、大層なものではない。
 ただ、ほんの些細なもの。
「愛する心」
「友の翼」
「秩序を持った国を作る使命がある」
 さらに苛立ったケフカが叫びかけた瞬間だった。
「俺のこと可愛がってくれる兄貴だッ!!」
「マッシュッ!! 無事だったか」
 無事とは言い難い状態だったが、それでもなんとか自力で駆けつけたマッシュがエドガーにハイタッチする。
「がっはっはっは! 待たせたなッ! 兄貴ッ!! ちゃんと鬼神は倒してきたぜッ」
 その後ろから、ロックがセリスの肩を支えながら二人でゆっくりと上がってきた。
「私を受けとめてくれる人がいる…」
 まっすぐな瞳でセリスに、すぐ横でロックが続ける。
「守るべき人がいる」
 鬼神を倒してケフカの元にたどり着く気力が残っていたのはこの三人だけだった。
 さらにタイミングを見計らったようにモグとカイエンが走り込んでくる。
「仲間がいるクポッ!」
「心の中の妻と子…」
 ティナが嬉しそうに叫んだ。
「モグ…ッ! カイエン…ッ!! それじゃ、魔神も……」
 最後に堂々と歩いてきたストラゴスが二カット笑って告げた。
「可愛い孫がおるゾイ」
 魔神を倒してケフカの元にたどり着いたのもたったの三人だった。
 そして…。
「憎らしいけど放っておけないジジイがいるよッ!!」
 胸を張って叫んだリルムのすぐ背後でシャドウが珍しく張りのある声で言った。
「友と……家族と……」
 エドガーがほんの少し表情を緩める。
「リルム…ッ! シャドウも…無事でよかった…」
 その二人の後ろから、聞き慣れた凛とした声が響き渡る。
「この歌と、…故郷」
 女神を倒してここまでたどり着いたメンバーもこれだけだった。
「グレシアッ!!」
 ゆっくりとメンバーを見渡して、グレシアが呟いた。
「…エド兄、三闘神を倒しても魔法の力が消えていない」
 頷いて、エドガーが続ける。
「おそらく…ケフカが三闘神から魔法の源の力を、吸い取った」
 全員が、はるか頭上に君臨するケフカを見上げていた。
 神々しいほどの後光を背に受けながら、しかし、禍々しい破滅の力を纏う巨大な神の化身と化して、『それ』は虚空に浮いている。
 無こそが完全と謳いながら自身は存在を続ける矛盾の神。
「気に食わないですねぇ…。揃いも揃って口答えして…」
 グレシアがゆっくりと弓を構える。
「…誰の心にも、守りたい大切なものがある」
 エドガーが折れた剣を捨ててドリルを構える。
「夢がある」
「そいつを踏みにじらせないために…」
「拙者たちは死力を尽くすでござる…ッ」
 構えるマッシュとカイエンをケフカが鼻で笑う。
「ならば私がそいつらを消し去ってしまいましょう…。お前らの生きる糧をッ!!! この世で一番の力を私は取り込んだ。それ以外の者などカスだッ! カス以下だッ! カス以下の以下だッ!!! ゼ〜ンブ破壊して死の世界を作るのだッ!!!!!」
「死ねば全部無になるって言いながらお前は世界を作るのか?」
「…悲しいものね。自分以外の全てを否定することでしか…自分の存在を証明できないなんて」
 ロックとセリスに言われてケフカが何か怒鳴り返そうとした瞬間だった。
「ケフカ…。命は…ッ! 夢は生まれ続けるッ! 新しい命がこの世界を作り続けていくの…ッ。あなたも…その一つなのよ…?」
 ティナの細い髪が風に散ってポニーテールにまとめた背中で舞っていた。
「それもこれもゼ〜ンブハカイッ! ハカイッ! ハカイッ! ゼ〜ンブハカイだ!!」
 聞き取るのも難しいくらい上ずった声で破壊を連呼し続けるケフカはもはや、言葉が通じる状態ではなかった。
 それでもグレシアが最後に一言だけ訊く。
「…命を奪わずにいることは…できないのか?」
 全員が息をのんで見守る中、いつものあの耳障りな高笑いが長い長い時間延々と響き続ける。
「死のない破壊など面白くもなんともないわッ!!」
 おかしくてたまらないといわんばかりに吐き捨てたケフカに、全員がもはやこの場に言葉が不要となったことを知る。
 武器を抜いて駆けてくる眼下のティナたちに、狂神は悠々と宣告した。

「命……………夢……………希望……………どこから来て、どこへ行く? そんなものは…このわたしが、破壊するッ!!!!!!」


 暗黒の空に広がった雲が裂けて、神々しい光が天上から降り注ぐ。
 カオスを超えて、終末が近づいていた。





 


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