紅の涙
□第1話
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足が痛い、肺も喉も悲鳴を上げている。
夜の森をただ走り続けているナギサの全身は煤で汚れ、肌には小さな切り傷から血が滲んでいた。
村が焼かれた。金銭と食糧目的の賊が村を襲ってきたらしい。
その日はちょうど私の誕生日だった。
村の人みんなから会うたびに祝福の言葉をかけてもらえる、一年で一番幸せな日。
家でいつもより豪華な食卓を両親と囲み、月明かりの差し込むリビングで、母特製の甘いケーキに刺された細い蝋燭に灯る火を消す、まさにその時だった。
ガシャンとガラスの割れたような音が聞こえた刹那、窓から差し込む光は紅に染まった。
あちらこちらから聞こえてくる村人の悲鳴と気持ちの悪い笑い声、そして物の焼ける鼻の奥にこびりつくような臭い。
異常な光景に足元から冷えるような恐怖が這い上がる。
「ナギサ、裏口から森へ出るんだ!」
「っあ、あ…でもお父さん……!」
「ナギサ、早く!こっちよ!」
母に手を引かれるまま裏口から出ると、後ろから木の壊れる音と父の怒声が聞こえた。
くぐもって聞こえる会話は途端に金属のぶつかる音に変わって、固まる体はガタガタと震える。
「ナギサ…貴女は今から森に行きなさい。母さんと父さんは大丈夫、すぐに追いつくから先に行って待っていて」
震える体を抑えるように肩に手を置いた母は、真剣な表情でこちらを見ていた。
常のような明るくお茶目な母とは違い、見たことのない硬い表情にゴクリと唾を飲む。
うまく声が出ず首を縦に振って答える私に、母は笑いかけ優しく抱きしめた。
「ほら、ナギサ…行きなさい」
するりと離れた温もりに寂しさとなんとも言えない不安を覚えながら、いつものように笑う母を置いて森に入って行った。
「…っは、はあ、は……っ!」
息が苦しい、涙で前も見えずに枝に当たりながらも足を止めずに走る。
砂を蹴る音と自身の息遣い、そして森のさざめきしかないはずなのに、耳にこびりついて離れない炎に怯えて闇雲に走った。
しかし齢四歳の幼子が持っている体力などたかが知れており、木の根に引っかかった私は地面に体を倒してしまう。
そのまま起き上がることもできずに、朦朧とした意識はただ逃げようと這いずることしかできなかった。
逃げなきゃ、炎はまだ後ろにいる、逃げないといけないのに、早く、早く早く早く早く早く早く………!!
「こわいよ………」
無意識に漏れ出た言葉は風とともに消え、段々と視界が暗くなっていく。
あれほど痛かった体の痛みも徐々に感じなり、自分の体がどうなっているのかもわからない。
もう駄目だ、そう思い最後に涙を一つ零したその時、どこかから声が聞こえたような気がした。