長編その2

□クリスマス
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2人が降りてくると母親は「もう寝る?」と聞いて、布団敷いといたからと言った。

「ありがとうございます。すみません」
「パパは?お風呂?」
「うん。長くなりそうだから、気にしないで先に寝てね」
「すみません。じゃあ、お先に休ませてもらいます。おやすみなさい」
「はい、おやすみ」

香は那月と客間に行き、エアコンのリモコンを渡した。

「自由に使っていいからね」
「うん、ありがとう」
「何か足りないのとかない?大丈夫かな」
「大丈夫です。至れり尽くせりで、申し訳ないくらい」
「ふふ。……じゃあ、また明日ね」
「うん。また明日。おやすみなさい」

香もおやすみと言ったが、なんだかこのまま寝ちゃうのがもったいない気がして、抱っこしたうどんを撫でながら黙ってしまった。

「かおりちゃん?」
「…なんか、もったいない」
「もったいない?」
「せっかく、那月くんがお泊まりしてるのに、寝ちゃうのもったいないな」

ね?とうどんに話しかけるように笑うと、那月は頬を緩ませて「僕も」と呟いた。

「僕もそう思うよ」
「本当?」
「うん」
「……ふふっ!」

香は嬉しそうに笑って「もう一枚布団敷いてここで寝ちゃおうかな」と言うと、那月は困ったように笑った。

「さすがにそれは」
「やっぱりだめ?」

だめかなぁ、とクスクス笑うと那月は香の目をじっと見つめて、一瞬優しい笑顔を消した。

「我慢、できなくなりますから」

小さな声で呟いたのは、いつもの優しい那月じゃなくて、獣の雄のような目で見つめる男の顔だった。
香はびくっと身体を揺らし、慌てて顔を下に向けてうどんをぎゅっと抱きしめた。

「…ご、ごめんなさい…」
「あ」
「……今のは、私、だめだね。ごめんなさい。ふざけすぎちゃった」
「いえ、あの」
「ごめんね。あの、もう、行くから。また、明日ね」

香は髪を耳にかけて、ぱっと笑顔を見せると一歩後ろに足をひいてから客間を出て行った。
那月は耳まで真っ赤になっていた香が出て行くと、大きくため息をついて布団にぺたんと座り込んだ。

「…あ〜……」

やってしまった、と思いながらごろんと布団に寝転がり目を閉じた。
もう少し言い方があったんじゃないかと反省しつつも、いくら実家で両親もいるからとはいえ香の危機感のなさに、あれくらいは言って良かったのかもと思っていた。
本当にここで寝るつもりはなかっただろうし、そうなるとも思ってなかっただろうが、香のあの無邪気さは時々自分のことを男だとわかってないんじゃないかと思う時がある。
時々意識してくれてる時もあるし、わかりやすいからそれもすぐわかるけど、今まで何もなかったのはこっちが我慢に我慢を重ねてる結果だと、どこかでわかっててもらいたかった。
今日だけで何度我慢したことか。
那月は今日の出来事を思い出しては大きくため息をついた。

「はぁ…」

あの瞬間もあの瞬間も、理性がなければあっという間に押し倒していたところだった。
警戒してほしいわけではないけど、もう少し、意識してほしい。
わがままなのはわかっていたが、そんなことを考えてしまった。
那月は布団をガバッと抱いてぎゅ〜っと強く抱きしめると、もう一度大きなため息を吐いた。

香は客間から出ると母親に「おやすみ」とだけ言ってパタパタと小走りで階段を上がっていった。
部屋に戻ると香はうどんを抱きしめたままため息をついて床にぺたりと座り込んだ。

「…うどん〜……やっぱり私がよくないのかなぁ…」

香は森山に言われた「お前の言動が男を勘違いさせる」という言葉を思い出していた。
その気がないのに無防備な言動をするから、と叱られたのを思い出し、こういうことかと初めて実感した。

でも

「……その気が、ないわけじゃないもん…」

那月くんに関しては。

香はそう考えたことが恥ずかしくて、うどんのお腹に顔を埋めた。
今日はさすがに実家だしそんなことはないとは思っていたが、もし、本当に那月が我慢できなくなったらそれでもいいと。
そんなことを考えていると。じわじわと顔が熱くなっていって心臓がばくばくと大きく鼓動を打った。
今夜は眠れないかもしれない、と思いながら香はまた大きなため息をついた。
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