長編その2

□夏祭り
3ページ/10ページ


「落ち着いた?」

香の落ちたメイクを直して「これでよし!」と優しく笑う友千香はすごく綺麗で、香はまた目がうるうるしてしまった。

「あっ!だめ!もう泣くの禁止!」
「んっ…!」
「堪えてよ〜…」

香はふるふるしながら上を向いて、はぁ〜っと息を吐いた。

「ごめんね…」
「えらいえらい」
「私が男の子だったら友ちゃんと結婚したい…」
「あははは!いいの?あたしで」
「結婚して〜…!」
「来世に期待して待ってるわ」

友千香は香の前髪を指で直して、香の手を繋いでみんなのところへ戻った。

「大丈夫だったか?」
「うん。たぶん落ちたと思うけど明るいとこで見ないと」
「かおりちゃん、ごめんね。僕が」
「う、ううん。あの、私が先に離しちゃったから。ごめんね。新しいの買ってくるから」
「大丈夫。それはいいから」

ごめんね、と言いながら那月の隣に座る香の目が少し赤くて、泣いちゃったのかな、と心配に思って見ていた。

「浴衣大丈夫だった?」
「うん、友ちゃんが全部やってくれた」
「良かった」

春歌も香の目が赤いことに気がついていたが、今は笑っているから余計なことは聞かないようにしようと思って違う話題の話を振った。
夏休みの課題の話や、みんなの実家の話をしながら花火を眺めた。
クライマックスの派手な花火が連続で上がると、みんなお喋りをやめて空に釘付けになっていた。
花火が終わると香は那月に「最後のすごかったね!」と言って笑った。
またいつもの香に戻ってくれて、那月はホッとしてにっこり笑って頷いた。
そして、そんな2人の様子に真斗と友千香もホッとして顔を見合わせた。
花火の見物客が一斉に帰り支度を始めるから、もう少し引いてから帰ろうかと言ってのんびり片付けを始めた。
片付けが終わってもまだ帰り道は混雑していたが、あまり遅くなってもいけないと帰ることにした。
電車もすごく混んでいて、2本ほど見送ったが混雑はずっと続いているから諦めて次の電車に乗った。
人が一気に乗り込むからみんなとは離れてしまったが、那月は香の手を掴んで自分の側に引いた。

「すごい人ですねぇ」
「う、うん」

一旦は落ち着いたがまた人が乗り込んできて結局反対のドアの方まで押し込まれていき、香を後ろから覆うような体勢になった。
香は向き合ってるよりは気持ちが楽かも、とホッとしていたが、那月は大ピンチを迎えていた。
香の髪の匂いが鼻をくすぐるし、満員電車のせいで身体はどうしても押し付けるようになってしまい香の柔らかさを感じるとある部分が反応してしまっていた。
なんとか香に当たらないようにと腰を離そうとしても、電車が揺れればそれも叶わず香のお尻にぐりっと当たってしまった。
那月は必死で素数を数えたり何か違うことを考えようとしたが、ドアのガラスに映る香が困った顔で真っ赤になり俯いているのを見るとどうにも鎮められなかった。

「……ご……ごめんなさい…」

そう言うのが精一杯の那月に、やっぱり当たっているのはアレなんだと決定づけられた香は更に顔を赤くさせて「大丈夫です」と小声で答えた。
香は心臓が痛いくらいバクバクしていて、那月も股間が痛いくらいに硬くなっていた。
周りの乗客の話し声や、電車の音が耳に入らなくてお互いに触れ合っているところの熱さだけがやけにハッキリと感じられた。
香の上から那月の吐息や時々ごくっと唾を飲み込むのが聞こえてくると、ときめくとは違った何か身体の奥が熱くなるような初めての感覚に香は困惑していた。
那月はこれ以上は押し付けないように、そして動かないように足を踏ん張り、香の顔の高さでドアに着いた手を爪が食い込むくらいに握っていた。
5分ほどその状態が続いて、やっと大きな駅に着いて人が減ると那月はすぐに身体を離した。
ごめんなさい、と謝ってドアの隅に行き香に背を向けて項垂れた。

「すごい人だったね」
「春歌大丈夫だった?」
「うん。一十木くんが庇ってくれたから。友ちゃんは?」
「あたしもまさやんが…あっ!やだ!ごめんまさやん!シャツにリップ付いちゃった」
「ん?ああ、気にするな。それより痛いところはないか」
「うん。やだ、ごめんね…落ちるかな」
「この程度なら大丈夫だ。ん?四ノ宮、どうした」

真斗が背を向けている那月に気がつくと、香は咄嗟に那月の前に立った。

「ちょ、ちょっと酔っちゃったみたい」
「そうか。人が多かったしな」
「大丈夫?」
「だ、大丈夫です、すみません」

あと2つ、駅に着くまでに落ち着かせないと、と那月は静かに深呼吸をした。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ