長編その2

□学力テスト
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教室に入ると皆勉強していて、香に気がつくと顔を上げて「おはよう」と挨拶をした。
那月に相談しようかとも思ったが、音也に一生懸命勉強を教えていたしテスト前に余計なことで心配かけたくないと、黙っていることにした。
なるべく近づかないようにすれば大丈夫。
そう思いながら那月に昨日勉強していてわからなかったところを聞きに行った。
その日の放課後もみんなで勉強をする約束をしていたが、アイドルコースの課外授業が長引いているようで香と春歌だけで図書室で先に勉強を始めていた。

「春ちゃん、ここわかる?」
「どこ?」
「ここ。56ページの問5」
「んん…えっと〜……四ノ宮さんが来たら聞こう?」
「だね。習ったのは覚えてるんだけどなぁ〜」

2人で問題集と睨めっこしていると背後から「教えてあげようか」と声が聞こえた。
びくっと揺れて不安げな顔で振り返ると、優しく微笑んでいる森山が立っていた。

「√xが7に一番近い整数だと6.5から7.4になるだろ?」

香が返事をする前に森山は問題の解説を始めて、春歌は困惑しながら森山と香の顔を見ていた。
香がどこか怯えたような顔をしているのに、森山はにこにこしながら説明をして「わかった?」と優しく聞いた。

「……わ、わかった…あ…ありがと…」
「他には?わからないところあったら教えてあげるよ」
「だ、大丈夫…今のところ……大丈夫…」
「そ。何かあったらいつでも聞いて」

森山はそう言って少し離れた机に座って自分も勉強を始めた。
香は心臓がバクバクしていることに気がついて、胸元をぎゅっと握って静かに深呼吸をした。

「香ちゃん、もう、行こう」

春歌は青い顔の香にそう言って、自分のと香のノートや問題集をささっと集めて抱えると香の手を引いて図書室を出た。
そのまま何も言わずに春歌は自分の部屋に連れて行き、香を座らせてぎゅっと抱きしめた。

「香ちゃん、もう大丈夫」

香は春歌の体温を感じると、やっと身体の力が抜けていった。
自分の指先がすごく冷たくて震えていて、縋るように春歌の背中に手を回した。

「大丈夫だよ」

春歌が優しくそう言ってくれるからホッとして春歌の胸で小さく「ありがとう」とお礼を言った。
しばらくそうしてもらって落ち着くと、春歌は香に森山とまた何かあったのか聞いた。
何か、と言われるとそこまでのことじゃないかもしれない、と言ってから香は今朝の出来事を話した。

「ぜ、全然そこまでのことだよ!なんでそんな、そんなことまで森山くんに言われないといけないの?おかしいよ」
「そ、そう…だよね」
「そうだよ!絶対おかしい!」

春歌にハッキリと森山がおかしいと言ってもらえると少しホッとした。

「ごめんね、すぐ間に入ってあげたら良かったね」
「ううん。さっきは、別に、ただ教えてくれただけだし」
「でもやっぱり変だよ。私達の会話、聞いてたってことでしょ?そんなに大きな声で話してたわけじゃないのに」

春歌は絶対おかしい、と言って香の代わりに怒ってくれた。

「四ノ宮さんには話した?」
「…今朝のことは、まだ…あまり心配も迷惑もかけたくないし」
「でも」
「……テストが…終わったら話すつもりだったの」
「四ノ宮さんは、きっとすぐ話してほしいって言うと思うよ?」
「うん…わかってるんだけど…」

香が心配かけたくない、という気持ちは春歌もわからなくもなかったが、あの異様な雰囲気はなんだかこのままにしておくわけにはいかないような気がしていた。
春歌は相談した方がいいと香を説得し、香も頷いてはいたがどこか歯切れの悪い感じだった。

「香ちゃんが言いにくいなら私から言おうか?」
「…大丈夫…ちゃんと、相談する。ごめんね、ありがとう」
「うん…」
「途中になっちゃったね、勉強、ごめんね、どうしよっか、ここで続きやってもいい?」

香はパッと笑顔を見せ、少し不自然に明るくしてみせた。
春歌は心配だったが、勉強もしないといけないし香がそういう風にするなら合わせてあげようと思って同じように笑ってみせた。
春歌の部屋で勉強を続け、やっと友千香が帰ってくると課外授業の話を聞きながら3人で勉強をした。
香が話して欲しくなさそうな雰囲気を出すから、春歌はとりあえず話題に出すのはやめて勉強に集中することにした。
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