長編その2

□年末年始
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空港に着くと搭乗時間まではまだ余裕があり、父親は「コーヒー飲んでるから、少し回ってきたらどうだ」と2人に言った。
香は喜んで、搭乗手続きを済ませてから2人で空港内を散歩しに行った。
お土産を見たり、スイーツを試食させてもらったりしながら歩き回っていると、香はピアノが置いてあるのを見つけた。

「那月くん、あれ弾いていいんだって」
「へえ!すごいかわいい!カラフルなピアノですね。かおりちゃん弾いてみる?」
「いいのかな」

そう言いながら香はピアノの前に座って「何弾こうか」と言いながら鍵盤の上で指を滑らせた。
最初は有名なクリスマスソングを弾いて、那月が隣でそれを歌って楽しんでいると、曲が終わるとパチパチとまばらに拍手がおきて2人は顔を見合わせた。

「歌うまー」
「プロなのかな」

そんな声が聞こえてくると香は嬉しくなって、調子に乗って発表会の時に作った曲を弾き始めた。
那月は小さく笑って、姿勢を正してから歌を歌った。
那月の歌声が響くと、周りにいた人たちは足を止めて振り返り、歩いていた人たちもその場に集まりいつのまにか人だかりが出来ていた。
香はピアノを弾きながら、みんなが那月の歌声に魅了されているのがわかって、すごく嬉しかった。

やっぱり那月くんの歌は最高。

香はみんなに自慢したい気持ちでピアノを弾いていたし、那月も、やっぱりかおりちゃんの曲は最高だと思いながら歌を歌った。
数分の短いコンサートが終わると拍手がたくさん送られて「今のなんていう歌?」「誰の歌?」「あの人だれ?」「すごいいい曲〜CDとかあるのかな」とざわつき、空港のスタッフの人が走って駆けてきてしまった。

「ちょ、あの、プロの方は届けをちゃんと申請していただかないと…」
「えっ」
「プロではないんですが…」
「ご、ごめんなさい」

香と那月はスタッフの人に頭を下げて、人混みから逃げるように慌ててその場を離れた。

「すごかった!」
「ね!ドキドキしちゃいました」
「那月くんの歌にみんなびっくりしてたよ」
「かおりちゃんの曲もたくさん褒めてくれましたね」

2人でクスクス笑いながら、父親がいるコーヒースタンドへ戻った。
はしゃいでいる2人にストリートピアノで一曲歌ってきたと聞くと、父親は「そういう時はパパも呼んでくれないと」と本当に残念がった。

「なにを歌ったんだ?」
「発表会のときの」
「いいなぁ!聞きたかったなぁ…!」
「CDあるじゃない」
「生歌は違うだろ!四ノ宮くんの歌声は絶対に生で聞いた方がいいし」
「今度、お父さんのために歌いますね」
「絶対、絶対な!約束だからな!」

父親と約束をすると、搭乗時間が近づいていて那月を手荷物検査のところまで見送りに行った。
父親の前ということもあって、2人は言葉少なに笑顔で「またね」と別れた。
那月は時々振り返って手を振るのを見送ると、香は寂しそうにしゅんとしていたが、父親に「帰る前に美味しそうなスイーツあったから買って」とおねだりをした。
空港に来ただけなのにお土産をたくさん買って家に帰ると、母親に「どこに旅行してきたの」と笑われてしまった。
那月が居なくなった家は少し寂しくて、うどんも香にべったりくっついてはほんの少し残る那月の匂いを嗅いでいた。

「さ!しょんぼりしてる場合じゃないのよ!明日から年末年始のお買い物に行って、お節の用意したり大掃除したりで忙しいんだからね」

いつまでもゴロゴロしてる香のお尻をぺちぺち叩いて、母親は自分の部屋を掃除しておいでとリビングから追い出した。
香は渡されたゴミ袋を持って部屋に行き、だらだらしながらいらないものをゴミ袋に入れていった。
クローゼットを開けて置いていった服を見ると、どれもなんだか子供っぽく見えてぽいぽいとゴミ袋に入れていった。
クローゼットがガランとなると香は書斎で片付けをしている父親に声をかけた。

「パパ〜お洋服買ってぇ〜」
「たくさんあるだろ」
「だって中学生の時のだもん、もう着れないよ」
「そんなでかくなったか?」
「そういう意味じゃなくて、もう子供っぽくて着れないってこと」
「あー…」

父親は香を見て、あぁ、と深く頷いた。

「なにそれ、失礼なんだけど」
「わかったわかった。お小遣いはあげるから好きなの買ってきたらいい」
「本当!?やった!パパありがとー!ママー!!パパがねー」

香はパタパタと階段を降りて母親に「パパがなんでも買っていいって言うからお買い物行こ〜」と言った。

「香ー!?なんでもとは言ってないからなー!?」

慌てて上から口を挟んだが母親の「あらー!嬉しい〜!」という声が聞こえて、がっくりと肩を落とした。
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