長編その1 @
□初めてのお泊まり
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那月の自宅は立派なタワーマンションで、さすが芸能人といったものだった。
「28階なんです」
エレベーターのボタンを押して乗り込むと那月はマスクを外した。
そして香に少し近づいて、そっと手をとった。
「繋いでもいいですか?」
優しく問いかけられ、香は無言で頷いた。
手がすっぽりと覆われるくらいの大きな手が少しだけ湿っている。
那月も緊張してるのかもしれない、そう思うと少しホッとした。
28階に着くと手前と奥にドアが見えた。
「奥の部屋が翔ちゃんのおうちなんですよ」
「えっ、そうなんですか?」
「はい。この階は僕と翔ちゃんだけなので安心してください」
那月はそう言って鍵を開けた。
「どうぞ」
香は那月に促されるまま可愛いスリッパを履いて部屋に入った。
なんだか男の人の家とは思えないくらいいい匂いがしていて、ぬいぐるみもたくさんあって、那月のことを知らない人が見たら女の子の部屋と思われるような部屋だった。
「今お茶を淹れますから、そちらにどうぞ」
香をソファーに促すと那月はキッチンへと向かった。
香はキョロキョロと部屋を見回した。
「那月くんのおうち、可愛いですね」
「そうですか?嬉しいです」
「私のうちより可愛いし綺麗です」
「香ちゃんのおうちにも行ってみたいです」
キッチンから花の香りがしてきたなと思ったら、那月がお茶を運んで戻ってきた。
カップを香の前に置くと、テーブルの上に置いてあった可愛い缶を開けた。
「藍ちゃんからカナダのお土産でいただいたんです」
「あいちゃ…ああ!美風藍さん」
「はい。年下なんですけど、僕の先輩なんですよ〜」
可愛い缶の中にカエデの形をしたクッキーが並んでいた。
「可愛い」
「メイプルクッキーで、この紅茶にぴったりなんです」
「素敵!ありがとうございます。いただきます」
那月は香の隣に座り、クッキーを手にとった。
「美味しい〜」
香がそう言うと、優しく微笑んだ。
「良かった。タクシーの中からずっと緊張していたみたいだったから」
那月の言葉に香は顔を赤くした。
「ワガママ言ってごめんなさい。でも、来てくれて嬉しいです。ありがとうございます」
「そんな、あの、私も、来れて嬉しいです」
「香ちゃん」
「はい」
「まだ知り合って間もないのに、こんなこと言っても信じられないかもしれませんが」
そう前置きすると、那月は香の手をとった。
「僕は、香ちゃんのことが好きです」
真っ直ぐに、香を見つめてそう告げた。
「香ちゃんのことをもっと知りたいと思うし、香ちゃんにもっと僕のことを知ってほしいと思うんです」
「那月くん…」
「僕の、恋人になってください」
那月はじっと香を見つめ続けた。
那月の瞳に自分の顔が映って、それがだんだんぼやけてきた。
「…私でいいんですか…」
震える声で聞くと
「香ちゃんじゃないとダメなんです」
とハッキリと答えてくれた。
嬉しくて、嬉しくて何度も頷いた。
「不束者ですがよろしくお願いします」
那月は香の頬に流れる嬉し涙を優しく指で拭った。
きっと涙で化粧も崩れてしまっているしひどい顔に違いないのに、こんなにも優しい顔でいてくれている。
「私も、那月くんが好きです」
泣き声混じりでちゃんと言えたのかどうかわからなかったが、嬉しそうに笑う那月の表情でちゃんと伝わったんだとわかった。
ゆっくりと顔が近づいて、目を閉じた。
涙がまた溢れてしまったが、今度はそのまま頬を伝って流れていった。
そっと唇が重なる。
暖かくて、幸福感に包まれているような気がした。
きっと那月のことが好きだということが伝わっているんだろうと思った。
だって、こんなにも好きだと思ってくれてることが伝わるんだから。
また涙がひとつ溢れていった。