長編その1 @

□2回目のお泊まり
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「先輩、最近元気ないじゃないですか」

梅雨入りの発表があってから2週間。
仕事終わりの更衣室で何度目かのため息をついているのを後輩に見られてしまった。

「…そう?」
「そうですよ〜ちょっと前はめちゃくちゃ元気だったのに。彼氏さんと喧嘩でもしたんですか?」
「そんなんじゃないよ」

香は那月となかなか電話できない日が続いていることで落ち込んでいた。
やっぱり忙しいんだろう。
それはわかっていた。
だけどやっぱり、声が聴きたくて、会いたくて仕方がなかった。
時間の合わない「おはよう」と「おやすみ」のメッセージが寂しかった。

「先輩、ほら今日はこれから送別会だからいっぱい飲みましょ!ね!」
「私お酒飲めないし」
「も〜明日休みなんだしちょっとくらいいいじゃないですかぁ〜」

このモヤモヤを誤魔化せるならいいかと思って「そうだね〜」と笑って答えた。
送別会の会場に着くと、いつもは白衣の人たちが私服で集まっているせいかなんだか不思議な気持ちがした。

「河嶋さんが参加するの珍しいね」
「同期の送別会はちゃんと出ますよ」

隣に座った先生に笑って答え、とりあえず並べられたビールを先生に注いだ。
香も一杯だけ、とビールを注いでもらった。

「先輩〜、飲んでますかぁ?」
「飲んでますよ〜」
「おっ!いいですね!先輩、写真撮りましょ!」

後輩が肩を寄せて写真を撮り、それをLINEで送ってくれた。
写真を確認していると那月から電話がかかってきた。
香は慌てて立ち上がり、ちょっと失礼と言いながら座敷を出た。

「もしもし!」
『香ちゃん、良かった』
「どうしたんですか?今日は遅くまでロケだって…」
『雨が強すぎて延期になりました。香ちゃんは今何をしてましたか?』
「あ、同期の送別会に」
『…あ、そうでしたか、ごめんなさい。邪魔しちゃいましたね』
「いえ!大丈夫です!」

香はトイレの前の廊下に寄りかかった。

「電話してくれてありがとうございます」
『最近話せなかったから、ちょっと寂しくて…我慢できなくてしちゃいました』
「私も…私もです。声が聴けるだけで嬉しいです」

少しお酒が入っているせいか、香は普段なら恥ずかしくて言いにくいことも素直に言えた。

「でも、本当は、会いたいです」

香の言葉に那月はすぐに『僕もです』と答えた。
今から、と言いかけて那月は我慢した。
香が送別会に参加してる途中だったと思い出したからだ。
でも

「今から会えませんか」

香から、言ってくれたから。

『お店はどこですか?迎えに行きます』

そう言ってしまった。
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