長編その1 @
□初めてのライブ
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あれから3週間、晴れ間が増えてきてそろそろ梅雨も明けるかもしれないとお天気お兄さんがテレビで嬉しそうに話していた。
香は夜勤明けの疲れた顔でそれを休憩室でぼーっと眺めていた。
全然会いに行けない…。
休憩室に掛かっているカレンダーを見て香はため息をついた。
いつの間に7月になっていたカレンダー。
またすれ違ってしまうLINEのやり取り。
すっかり綺麗に消えてしまったキスマーク。
全てが落ち込む要素になって、香はまた大きなため息をついた。
「河嶋さん、ちょっといい?」
「あ、師長、はい」
香は師長に声をかけられ慌てて姿勢を正した。
「河嶋さん、夏休みいつとる予定?次のシフトから9月中旬までにとってほしいんだけど」
「あ、もうそんな時期ですか」
「あっという間よねえ」
香はふと、夏休みを利用して那月に会いに行けるのではと気づいた。
「あの、いつまででしたっけ、希望出すの」
「出来れば今週中に欲しいけど、次のシフトでとるんだったら来月頭でもいいわよ」
「わかりました!」
香は満面の笑みで答えると、師長はクスッと笑った。
「あなたに良い人が出来たってのは本当みたいね」
「えっ」
「噂になってたのよ、送別会の日にとってもかっこいい彼氏が迎えに来てたって」
「えっ…!!」
「研修医の先生とか落ち込んじゃってね、あなたのファン、結構多いのよ」
師長がそう言っていると師長のPHSが鳴って、手で合図して休憩室を出て行った。
香は頭をぺこりと下げて、両手で頬を隠した。
やばい。
やっぱり見られてたんだ…。
顔は…大丈夫だったよね…。
気をつけないと。
香はうん、と頷いた。
そしてスマホを取り出して、那月に夏休みの件を相談するLINEを送ってから、残りの記録をするためにナースステーションへと戻っていった。
「夏休み…!」
那月は朝の紅茶を飲みながら香からのLINEを読んだ。
そして自分のスケジュール帳を開いてじっと穴が開くほどに見つめた。
7月に入りST☆RISHの仕事は更に多忙になっていた。
再来週から全国ツアーが始まることで今も空き時間は稽古で埋まってしまう。
8月にツアーが終われば少しは時間が出来るかもしれない。
それでもすでに仕事は入っている分だけでも休みといえるものは全然ない。
「せめて1日…半日でもお休みがとれるといいんですけど…」
那月はため息をついて、香に「調整できるかどうか確認してみます。もし他に予定があったらそちら優先で大丈夫ですからね」と返信し、仕事へと向かった。
数日後、梅雨が明けると暑い夏が始まった。
結局那月と予定を合わせることが叶わずに、それならと香はST☆RISH全国ツアーのチケットを各地で申し込みをした。
夏休みと公休を使ってチケットの取れる限り参加するつもりだった。
「東京1日目と大阪以外は自分で取れたんです!」
香は那月からの電話でそう伝えた。
『わあ〜じゃあ見に来てもらえるんですね!嬉しいです!』
那月は少しでも時間が出来ると香に電話をするようにしていた。
そうでもしないと話さないまま、あっという間に過ぎていってしまうから。
もちろん出られないことも多いが、2人にとってはこの方法が一番いいということになった。
『あ、ごめんなさい。もう行かないと』
「はい!電話してくれてありがとうございます。頑張ってくださいね」
『はい!』
香は電話の後、那月の声の余韻に浸ってからライブツアーの旅程を考えるために手帳を開いた。
「香ちゃん、東京1日目と大阪以外は取れたんですって」
「わー!よかったね!那月!」
休憩中に那月は音也に話すと、それを聞いていた真斗が口を挟んだ。
「チケットならいくつか融通してもらえるだろう。招待はしてやらないのか?」
真斗の言葉に、音也が那月の代わりに答えた。
「違うんだって!香さんは、ファンの皆に悪いから、アイドルとしての那月はちゃんと、ほかのファンの子たちと同じように応援したいって言ってくれてんだって!」
「そうなんです」
「なるほど、そうだったのか」
「本当は全部招待したいんですけど」
「いや、彼女のその覚悟、素晴らしいな」
真斗はうん、と頷き
「四ノ宮は良い人に出会えたな」
と笑った。
「はい!」
那月は嬉しそうに大きく返事をした。
「ほら、素敵なファンのためにも練習しますよ」
3人の背後から、話を聞いていたトキヤが肩を叩いて笑った。
3人は顔を見合わせて笑い、タオルを置いてレッスンを再開させた。