長編その1 @
□事件
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最終公演当日、少し早めのお昼ご飯を食べてから那月は翔と一緒に会場へと向かった。
今日は16時開演。
香も久しぶりのライブに行けることが嬉しくてウキウキしていた。
ペンライトとリングライト、うちわを用意して、ライブTシャツを着てタオルも忘れずに持った。
チケットも何度も確認した。
開場の時間に間に合うように、香は家を出た。
駅まで歩いていると内腿がなんだか痛いような気がする。
筋肉痛…?
もしかして昨日の。
香は昨日の情事を思い出して顔を赤くした。
そしてされるがままだった自分が筋肉痛なら、那月は大丈夫だっただろうかと少し心配になってしまった。
会場につくと、今までで一番大きい会場だからかファンの数も段違いで圧倒されてしまった。
席は二階席だけど、1番前の列でステージが真正面から見ることができた。
「席は立っちゃダメなのね」
筋肉痛の今は少しありがたかった。
きっとこれから、今までで1番最高のステージが始まる。
そう思うと香はドキドキして、まさに壊れてしまいそうな気がしていた。
まだざわついている会場に、音也の明るい声が響いた。
「みんなーー!!」
音也の声にみんな歓声をあげた。
「ST☆RISHの一十木音也だよ!」
「聖川真斗だ」
「僕は四ノ宮那月です」
「ST☆RISHの一ノ瀬トキヤです」
「神宮寺レンだよ」
「俺は来栖翔!」
「愛島セシルです」
まさか全員がアナウンスしてくれるとは思っていなかったから、香は口元を手で押さえた。
周りの女の子たちはキャーと黄色い声を上げている。
「今日はST☆RISHのライブツアー最後の日だね」
「ついこの間始まったと思ったら早いものだ」
「神奈川、愛知、福岡、大阪、そして昨日からの東京!どれもすっごく楽しかったですね」
「いつもその公演が最高のものになるようにと皆で努力を重ねてきました」
「だから、ツアー締めくくりの今日は今までよりももっとパワーアップしているはずだよ」
「だから!全力全開で楽しめるために!ルールをいくつか守ってくれよな!」
翔の言葉に会場中から「はーい!」と大きな声が聞こえてきた。
「今日のプリンセスも皆とってもいいお返事ですね。素晴らしいです」
セシルはそう言ってから注意事項とお願いをアナウンスした。
「以上、どうかよろしくお願いします。お相手は」
「ST☆RISHでした!!」
元気いっぱいの事前アナウンスな会場の熱気は更に盛り上がっているのがわかった。
そして、少ししてから会場がライトダウンされると会場のペンライトが光の海のように綺麗に揺れた。
曲が流れてライブが始まる。
香は一瞬たりとも見逃したくないと、ステージをじっと見つめた。
皆が言う通り、今日のライブは今までで1番の最高のステージだった。
周りの女の子たちも口々に「最高だった」と笑顔で帰路についている。
ライブとライブの短い期間に、いつもの仕事もある。
それなのにこうしてライブがどんどんパワーアップしていく。
皆の努力の成果なのはわかってる。
だけどそれを表に見せないくらい、キラキラの笑顔で爽やかで素敵でかっこよくて。
「すごかったなぁ…」
香は帰り道、ふぅ〜とため息をついた。
今日は打ち上げがあると言っていたから、きっと帰りは12時を超えるだろう。
帰ってきたらきっと抱きしめてキスをしてくれる。
そう思うと嬉しくて、楽しくて、幸せな気持ちでいっぱいだった。
「あ、そうだ。ボディーソープがなくなりそうなんだった」
香は途中で思い出し、来た道を戻ろうと後ろを振り返った。
その時、見覚えのある姿が目に入り、香は血の気が引いた。
「…あ、…おきさん」
「なんだ、見つかっちゃった。新しい家まで行こうかなって思ってたのに」
悪びれもせずに笑って近寄ってくるから、香は一歩足を引いた。