長編その1 @

□初めての誕生日
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次の日、那月は午前中のレッスンに休むことなく参加した。
昨日の出来事を聞いた翔と真斗は心配していたが、那月がすっかり元気になっているのを見てほっとしていた。
音也、セシル、トキヤも、そしてレンが一番ホッとしていたかもしれない。

「昨日はありがとうございました。昨日の遅れを取り戻すために頑張りますね!」

那月はそう言って、本当に昨日の遅れをものともせずに、皆に追いついていった。
休憩中、翔と真斗から友千香がすごく怒っていたと聞いて那月は午後からのドラマ収録の前に友千香に声をかけた。

「渋谷さん、心配をかけてしまってごめんなさい」
「四ノ宮さん。…言っておきますけど、私が心配したのは香ちゃんの方です」
「はい」
「…香ちゃんは大丈夫って言ってましたけど…本当に大丈夫ですか?」
「はい。多少、絞られました」
「あははっ!それくらい仕方ないですよ」
「はい」

友千香は少し笑ってから、真剣な顔を見せた。

「四ノ宮さん。隠していくつもりなら、ちゃんと安心させてあげてね。態度でも、言葉でも、物でも。女の子の大丈夫を鵜呑みにしてばっかりだといつか痛い目見ますよ」

その言葉に、那月はドキッとした。

「…はい、そうですね…。本当に、その通りです」
「そうよ。私、香ちゃんに言っておいたから。現場ではちゃあんと見張っておくねって」
「ふふ、よろしくお願いします」

那月がお礼を言うと、早速後ろから当事者である胡桃が那月の名前を呼びながら駆け寄ってきた。

「四ノ宮さぁん、なんか大変なことになっちゃってごめんなさぁい」
「あ、いえ…」
「でも、胡桃はぁ、ちょっと嬉しかったっていうかぁ」
「あ、あの、また誤解されますから…あっ、僕台本確認したいことあったんです」

那月は友千香の視線を感じつつ、なんとか距離をとってその場を逃げ出した。

「あ〜四ノ宮さぁん」

友千香は嫌〜な顔で見ていたが、パッと振り返ってきたから瞬時に笑顔を作った。

「渋谷さん、おはよおございまぁす」
「おはようございます」
「渋谷さんて、四ノ宮さんと同クラだったんですよね」
「そうですね」
「仲とりもってもらえませぇん?胡桃、すっごく四ノ宮さんタイプなんですよぉ」
「あ、私、そういうの、しないようにしてるんですよぉ〜あっ、そろそろ本番ですね、よろしくお願いしまーす」

友千香は笑ってその場を立ち去った。
事務所から注意されているだろうに、むしろぐいぐい来る胡桃の図太さに、友千香は少し心配だった。

あの調子じゃまた四ノ宮さんに何かしらちょっかいかけそう。
…四ノ宮さんがもっとこうハッキリ言わないとダメなのよ、全く!

友千香は遠くで監督とニコニコと話している那月に、キッと刺々しい視線を送った。
次の日の朝もいつものようにお出かけ前に香をハグした。

「今日も少し遅くなります」
「はい、頑張ってきてください」

那月は香にキスをすると、ちょうど翔がチャイムを鳴らした。

「はーい、おはようございます、翔ちゃん」
「おはよ、香さんも、おはよ!」
「おはようございます。来栖さんも、頑張ってください」

香は笑顔で二人を見送った。
翔はエレベーターの中で那月を見た。

「ん?なんですか?」
「お前さ、あのさ…いや、気持ちはわかるんだ。わかるけどさ、ああいうの、人に見られたらさ…」
「?」
「だ、だからぁ、あんなに目立つとこにき、き、キス、まーくとか」
「ああ!」
「香さんが変な目で見られるんだぞ!気をつけてやれよな!」

翔の言葉に、那月は目から鱗というように目を丸くした。

「僕は、香ちゃんが男の人に声をかけられたりしないようにって…」
「その気持ちもわかるけど、ああいうのつけてるとそういう目で見られるだろ。そっちのが嫌じゃねえの?」
「…!そ、そう言われると…嫌です」
「だろ!?ま、まあ、さっきは突然だったから、あれだけど、ちゃんと隠れるとこだけにしてやれよ」

翔は顔を赤くしながらそう言って、那月の背中をグーで押した。

「…僕、考えなしでしたね」
「…まあ、香さんがいいって言ってんならいいけど」
「…ちょっと困ってました…」
「だめだろ」
「ダメでしたね…」

落ち込む那月に、翔はうーんと考えて指をパチンと鳴らした。

「香さんがお前のだってわかるようにすればお前は安心なんだろ?」
「はい」
「じゃあさ」

翔の提案に那月は目をキラキラと輝かせて頷いた。

「そうします!そうですよね、どうして思いつかなかったんでしょう!ありがとう翔ちゃん!」

那月は翔の手をとってブンブンと振った。
その日の夕方、洗濯物を畳んでいるとLINEが届いた。
友千香と春歌とのグループLINE。

今週の金曜、時間が空いたのでご飯行かない?

香はすぐに手帳を確認した。
那月は1日仕事が入っている。

行きたいです!

と返事を返すと、春歌からも同じような返事が入ってきた。
時間と待ち合わせ場所がトントン拍子に決まり、香はさっそく手帳に予定を書き込んだ。
そして那月に「今週の金曜日の夜春ちゃんと友ちゃんとご飯を食べに行くことになりました」と報告をした。
たまたま休憩中だったのかすぐに既読がついて「良かったですね!僕のことは気にせず楽しんできてください」と返事が来た。
香は残りの家事を鼻歌混じりでとりかかった。


「ありがとうございます、渋谷さん」
「いえ、お安い御用です」

那月は友千香にお礼を言った。
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