長編その2

□入学式
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時間に余裕を持って家を出たはずなのに、駅で道に迷っている外国人に道を案内したり、落ちた財布を届けるとちょうど探していた人に何度もお礼を言われたりとなんだかんだで時間が迫ってしまい、香は改札を出ると試験会場へ急いだ。
時計を見ると時間は迫っているもののまだ余裕はありそうで、走るのをやめて息を整えながら歩いた。
ドキドキしながら鞄の中の受験票を確認して角を曲がると、目の前に大きな身体が現れてドンと勢いよくぶつかってしまった。

「きゃあ!」
「わっ」

香はどてっと尻餅をついてしまい、ぶつかった相手は焦ったように「大丈夫ですか」と「ごめんなさい」を何度も繰り返した。

「だ、大丈夫です。ごめんなさい、私も…」
「ああ…!汚れちゃいましたね。どうしましょう」

昨日振った雪が溶けて道路は濡れていて、尻餅をついた香のお尻もすっかりぐっしょりと濡れてしまった。
手を借りて立ち上がると自分よりも泣きそうな顔で謝ってくるから、香は「大丈夫です、これくらい」と笑って見せた。

「あの、クリーニング代を」
「これくらい洗えば落ちますから、大丈夫です。あっ、それより、ごめんなさい!私もう行かないと」
「あっ!じゃあ、あの、これ!」

その人はコートの下に着ていたカーディガンを脱いで香に渡した。

「せめて、あの、これで隠してください」
「えっ!でも」

香は遠慮しようとしたが、確かにあるとありがたくて、それにもう急がないといけなくて、香はお礼を言った。

「すみません、ありがとうございます!あの、必ずお返しします!あの、えっと」
「気にしないでください」
「あ〜…!じゃ、じゃああの、ありがたく!あの、本当にありがとうございました!」

香は頭を下げてからバタバタと走りながら、カーディガンを腰に巻いた。
試験会場に到着して、まだ時間に余裕があることにホッとしながら受付をしようと受験票を鞄から出そうとした。

「あれ?」

さっきはあったはずなのに、とガサガサ鞄の中を探したが見当たらなくて香は青ざめた。

「…もしかして、落とした…?あ、あの時…!」

香はさっきぶつかって転んだ時に落としてしまったんじゃないかと思って取りに行こうとしたが、戻ったら試験の時間に間に合うかわからず、ダメ元で事情を話してみようか、と頭を抱えた。

「どおしよ…」

あんなに頑張ってきたのに、と泣きそうになっていると香の肩がポンと叩かれた。

「良かった!間に合いました」

振り返るとさっきぶつかった人が息を切らせて立っていた。

「…さっきの…」
「これ、落ちていたから…あなたのですか?」

その人が差し出したのは香の受験票で、香は目を丸くさせた。

「わ、私のです!」
「良かった」
「わざわざ追いかけてくれたんですか?」
「ちょうど、同じ場所でしたから」

そう言って、ぴらっとその人も受験票を香に見せてにっこりと笑った。

「そ、そうだったんですか!良かった!」
「はい」
「ありがとうございます!…あれ?でも、別の方向に向かってませんでした?」
「実は道に迷ってしまってて…だから、あなたの後を追いかけて行けて助かりました」
「あは!そうだったんですね!良かったぁ!」

笑い合っていると、もうすぐで受付締め切りというアナウンスが流れて2人は慌てて受付を済ませた。

「私は3階の会場でした」
「僕は1階です。ドキドキしますね」
「はい。一緒に合格できるといいですね」
「そうですね!僕は四ノ宮那月です」
「あ、私は河嶋香です。それじゃあ、頑張りましょうね!」

香は那月に手を振って階段をパタパタと上がって行った。
試験が全て終わると香はホッとして、自宅に無事に終わったことを連絡した。
そして、門の外のところで那月が出てくるのを待った。
しばらく待っていたがなかなか出てこなくて、先に終わって帰っちゃったかな、と門の中に入って辺りを見回すと、ちょうど香が待っていた真後ろで那月が立っていた。

「あ」
「あっ」

同時に声を上げて、しばらく見つめ合うと背中合わせでずっと待っていたことに気がついて、顔を見合わせて笑った。

「やだぁ!もしかしてここにいたんですか?」
「ここにいました。ふふっ、まさか後ろにいるなんて思いませんでした」
「でも、良かった。また会えて。あの、カーディガン、お返ししたいんですがたぶん汚れちゃってるし…出来れば帰るまで貸して欲しいんですが」
「ああ!それはもちろんです。使ってください」
「ちゃんと洗ってお返しします」
「あ…えっと…じゃあ、連絡先を交換しませんか?」

那月はそう言って携帯を出して恥ずかしそうに笑った。
香も頷いて携帯を出すと、お互いの電話番号とメルアドを交換した。

「僕、北海道からで、受験の時心配だからって初めてこれを買ってもらったんです。だから、連絡先を交換したのはあなたが初めてです」

そう言って嬉しそうに香の名前を登録する那月の笑顔に、香は少しドキッとしてしまった。

「メールしてもいいですか?」
「は、はい、もちろんです!あ、あの、…えっと…じゃあ、あの…また」
「はい。また」

そう言って同じ方向に歩き出すから、また顔を見合わせて笑った。

「そういえば同じ方から来ましたね」
「ふふっ!そうでした」
「あそこの駅ですか?」
「はい」
「おんなじです」
「じゃあ一緒に行きましょう」

2人は、今日の試験の話やお互いの学校の話をして笑いながら駅へと歩いた。
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