長編その2
□入学式
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香がお風呂から上がると、那月から今寮に着いたこととご馳走になったことのお礼のメールが届いた。
香は髪を拭きながら那月に返信した。
何度かメールのやり取りをしてるうちに那月は寝落ちしてしまったのか返事が返ってこなくなり、香は「おやすみ」とだけメールを送って自分もベッドに潜り込んだ。
次の日、香はしまいこんでいたギターを出してきて朝から弦を張り替えてチューニングをした。
「久しぶりだから時間かかっちゃった」
やっと弾ける、とギターを抱えてさっそく課題の曲を弾いてみるとやっぱりピアノよりギターの方が合っていると思って小さく笑った。
リビングに持っていって母親に聞いてもらいながら楽譜を埋めていった。
父親が帰ってくると香はすぐに父親をソファに座らせた。
「聞いててね!」
香はそう言って、ギターを弾きながら歌を歌って聞かせた。
両親はそれを嬉しそうに聞いて、歌が終わると大きな拍手を送った。
「すごいな。やっぱりお前はすごい」
「これはCDになるの?」
「これはならないよぉ」
「ならないのもったいないな。…作るか?」
「あははは!やぁだぁ!」
「これは四ノ宮くんが歌うんじゃないの?」
「課題は作曲だけだから歌わなくてもいいんだけど、那月くんは歌ってくれるって。あっ!じゃあ今度歌ってくれたの録って聞かせてあげるね!私よりすっごく上手いからパパもママもびっくりするよ」
本当に素敵な歌声なの、と話す香を見て父親はむすっとして「食事にしよう」と言ってダイニングテーブルについた。
同じ頃、那月は自室の机で大きなため息をついていた。
歌詞を書いては消して、書いては消してを繰り返したノートを眺めてはまた大きくため息をついた。
歌詞が浮かばないわけではないが、浮かんでくる歌詞はどれも香への気持ちばかりだった。
「…どうしましょう……これじゃあ、バレちゃいます」
那月がため息をついていると、お風呂から戻った翔が那月の後ろから覗き込んだ。
「おっ。もう歌詞書いてんの?」
「あ、翔ちゃん」
「俺もやんなきゃな〜」
翔はそう言って髪を拭きながら座って自分の課題の楽譜を鞄から出してきた。
それを鼻歌で歌いながらペンを回している翔に、那月は「翔ちゃんはどうやって歌詞を考えるの?」と聞いた。
「あー…やっぱり実体験とか、そういうの通しての気持ちとか…ん〜…あんまり深く考えたことねえな」
「そっかぁ」
「お前は?」
「今までは、お星様を見たりしてたらキラキラ〜って言葉が降りてくる感じだったんですけど…今は、なんだかうまくいかなくて」
那月の言葉の意味がよくわからないと翔は首を傾げたが、スランプなのか?と聞いた。
「スランプ…とは違うんです。言葉が出ないわけじゃなくて…今、書きたい気持ちじゃない、というか…」
「ん〜…よくわかんねえけど、とりあえず深く考えないで全部出てきたまんま書いてみたら?そっから直せばいいじゃん」
「……うん…。そうしてみようかな…」
那月は翔の言う通り、浮かんだ言葉をそのまま綴っていった。
まるでラブレターのような歌詞に、やっぱりこれは見せられないとびりっとノートを破ってゴミ箱に捨てた。
「捨てちゃうのか?見せてみろよ」
「あっ」
翔はゴミ箱から拾って読むと「いいじゃん」と言った。
「なんで捨てんの?すげーいいじゃん。片想いの切ない感じとかよくない?」
「…あ…でも…」
「……もしかして、実体験ってこと?」
翔の言葉に那月は視線を泳がせた。
なるほど、と納得しながらそれを那月に返した。
「世の中のラブソング、全部が全部本当ってわけじゃねえんだし。しれっと出していいと思うけど」
「え?」
「だから、これ見たからってお前が今片想いしてるとか誰も思わねえし、追及だってしねえし、問題にはなんねえだろ」
「……そ、そっか…」
「そうだよ。万が一そう思われたって、校則で片想い禁止ってあるわけじゃねえしな」
「……そっか…」
那月は自分の書いた字を見つめて、そうだよね、と小さく呟いた。
「ペアの子?」
「えっ」
「わかりやすすぎ」
べしっと背中を叩かれて那月は恥ずかしそうに笑った。