長編その2

□遊園地
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4月最後の日の朝、香は両親とうどんにお別れしてギターケースを抱えて寮に帰った。
学園の駅から出ると、那月が大きく手を振っていて香は目を丸くさせた。

「かおりちゃん!おはよう!」
「おはよう、那月くん。どうしたの?」
「待ちきれなくて迎えに来ちゃった。これギター?重いでしょ。僕が持つよ」

那月は香のギターケースを持って歩き出した。
香は遠慮していたが、那月が嬉しそうにしているからお礼を言って甘えることにした。
寮に着くと、気持ちのいい風が吹いてくるから那月はレッスン室の予約の時間まで泉の方へ行かないかと誘った。
学園裏の外れにある泉に来ると先客が居た。

「トキヤくん」

那月の声にトキヤは振り返った。

「四ノ宮さん」
「おはようございます。お散歩ですか?」
「ええ。少し、発声練習を」

香は那月の隣で頭を下げ、トキヤも軽く下げてからその場を離れた。

「……ほ、本当にHAYATOさまにそっくりですね」
「双子のお兄さんって言ってましたもんね」
「かっこいいですね〜…」

香はトキヤの後ろ姿を見ながら小さく呟くから、那月は少し眉間に皺を寄せた。

「……かおりちゃん、あそこに座りませんか?」
「うん。素敵なとこですね。那月くんはよく来るの?」
「うん。時々ね。小鳥さんたちとここでよくお喋りするんです」
「小鳥さんたち?」
「うん。あ、ほら。こんにちはって」

2人でベンチに座ると小鳥が那月の膝に乗ってきた。

「わぁ、かわいい」
「かおりちゃんですよ。僕のパートナーです」
「なんて?」
「その子はだあれ?って」
「ふふ。初めまして。河嶋香です」

香が自己紹介すると、小鳥がまた何羽かやってきて那月の肩や頭に乗っては那月に何かを話しているようだった。

「何か歌ってほしいって言ってます」
「そうなの?じゃあ、小鳥さんたちに聞いてもらいましょうか」

香はギターを出して音を鳴らした。
課題の曲を奏でると、那月は隣で歌ってくれて香も一緒に歌った。

「すごく素敵になりましたね!ピアノとは印象がガラッと変わって、歌詞にぐっと深みが出た気がします」
「本当?良かったぁ!ブレスのとこどう?」
「歌いやすくなりましたよ。でも、もう少し攻めてみてもいいかもしれませんね」
「攻める?…ん〜じゃあこういうのは?」

香は少し悪戯っ子のような顔で、ギターを弾くと那月も嬉しそうに笑って歌を合わせた。
どんどん良くなっていく曲に2人は笑って歌い合った。

「あっ。もうレッスン室の時間になりますね。かおりちゃん、レッスン室では僕の課題を聞いてもらっていいですか?」
「うん!歌詞書けた?」
「はい。なんとか」
「わぁ!楽しみ!」

香はギターをケースにしまうと、また那月がそれを抱えてレッスン室へ向かった。
レッスン室に行くと隣のレッスン室からレンが出てきて「やあ」と手を挙げた。

「レンくんも課題ですか?」
「ああ」
「だぁれ?」
「シノミーだよ。Aクラスの」
「シノミー?…ふぅん…ねぇ、レン。それよりお茶しに行こ。疲れちゃった」

レンの影からひょこっと顔を出したのはこの前の女の子とは違う可愛い子で、大きな胸をレンの腕に押し付けて甘い声で早く行こうと言った。

「そうだね。じゃあね」

レンは那月に手を振ってから、香にもパチンとウインクをして去っていった。
那月は心配そうに香を見たが、香は「この前の子と違ったね」と言って物珍しそうに見ているから、ホッとしていた。
レッスン室に入ると香は早速那月の課題曲を弾くためにピアノの前に座った。

「早く聞きたいな」
「ちょっと緊張しますね」
「いい?」

香は那月が頷いてから、鍵盤に手を乗せた。
アップテンポな曲につけられた歌詞は、どこか切ない、だけど前向きな片想いを綴っていて香はピアノを弾きながらドキドキしてしまった。
歌が終わると、那月は香の反応が怖くてぎゅっと服の裾を掴んだ。

「那月くん」
「は、はい」
「すごい…!すごいです!素敵!あの、歌詞書いたの読ませてください!」
「えっ、あ、はい」

那月は香に歌詞を書いたノートを渡すと、香はそれをじっと真剣に読んで「やっぱり素敵」と言った。

「私、この曲がラブソングになるなんて思ってなかったから、びっくりしました。とっても素敵」
「良かった」

那月はいろんな意味でホッとして柔らかく笑った。
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