長編その2

□体育祭
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体育祭の朝、雲一つない快晴に香はウキウキしながら体操服に着替えた。
白いTシャツと紺色のハーフパンツと、クラスカラーの緑のハチマキを巻いてやる気いっぱいで準備運動をしていると、那月達もやってきた。

「おはよう!」
「おはよう。今日は頑張りましょうね!」
「うん!」

体育祭と言ってもみんなそこまで盛り上がっていなくて、やる気満々の6人は少し浮いていたが本人達はなにも気にしていなかった。
開会式が始まると学園長のシャイニング早乙女から、優勝クラスには豪華景品、それ以外は罰ゲームがあることが発表された。
そして

「いいか!お前らが優勝しねえと俺にも罰ゲームが課せられるんだ!絶対勝てよ!」

Sクラスの担任の龍也がSクラスに喝を入れて、Bクラスも同じように喝を入れられていた。
そして林檎も。

「いい?なんとしても優勝!罰ゲーム回避するのよ!シャイニーの罰ゲームは何がくるかわからないからね…!」

そう言ってみんなの不安を煽った。
そのおかげかみんなのやる気はあがったが、香は「負けられない」というプレッシャーに緊張してきてしまい冷たくなった指先をぎゅっと握った。

「かおりちゃん、大丈夫ですよ」
「那月くん」
「たくさん練習したんです。練習通りにやれば大丈夫」
「…うん。そうだよね。うん。頑張る」

那月にそう言ってもらえると、ガチガチに硬くなっていた身体の力がすっと抜けていった。
競技が始まると香は自分の出ていない競技でもクラスメートを精一杯応援した。
徒競走の順番が来ると、香はドキドキしながらスタートラインに立った。
隣を見ると足の速そうな子達が並んでいて不安になってしまったが、ゴール地点でみんなが待っててくれるからあそこまでとにかく思いっきり走ろう、と香は気合を入れた。
合図と共に走り出すと自分の視界の前にはゴールテープしか見えなくて、初めての光景に目を丸くさせた。

「香!いいよ!そのまま!」
「かおりちゃん!頑張って!」
「いいぞ!」
「きゃー!香!すごいすごーい!」
「香ちゃん!一番だよ!」

みんなの声援に背中を押されるように、香はゴールテープに飛び込んだ。

「やったー!!」
「すごいです!」
「いい走りだった!」
「やったぁ!」
「香ちゃん、すごーい!」

驚いている香に5人が駆け寄って「一番だったよ」と言って一緒に喜ぶと、香も「良かったぁ!」と笑った。
林檎も「すごいじゃない!」と褒めてくれて、香は初めて体育祭が楽しいと思えた。
春歌も必死に走って一番にはなれなかったが二番になって、みんなでそれを喜んだ。

「練習の成果だよ!すごい!」
「頑張りましたからね!」
「ああ!努力は必ず実を結ぶ!」
「すごいよ2人ともー!最初はどうなることかと思ったのに」
「…最初やばかったもんね…」
「そ、そんなこと…」
「う…うむ…」

香と春歌は顔を見合わせて恥ずかしそうに笑った。

「…やっと普通レベルになれた気がします…」
「みんなのおかげです…」
「あははは!うそうそ!冗談!」
「2人が頑張ったからですよ」
「そうだ。この調子で次の二人三脚も勝利をおさめよう!」
「おー!!」

6人で盛り上がっていると、傍観していたクラスメート達も少しずつ触発されていき、気がつけばみんなで応援し、勝てば一緒に喜び、負ければ一緒に悔しがり慰め合った。
みんなで楽しめているのが嬉しくて、香はずっと笑っていた。

「かおりちゃん、次は僕たちの番ですよ」
「うん!」
「頑張りましょうね」
「うん!頑張る!」

那月が足の紐を結んでいると、隣で結んでいた人がぶつかって那月のメガネがカシャンと落ちてしまった。

「ごめん、大丈夫?」
「……ぁあ?」
「えっ」

ゆらりと身体を起こした那月はじろっとぶつかった人を見下ろして睨みつけた。
その豹変っぷりに香は目を丸くして、固まってしまった。

「どこ見てんだよ」
「ご!ごめんなさい!」
「ちっ」

舌打ちをして髪を掻き上げると、呆然としている香に気がついて眉間にシワをぐっと寄せて睨みつけた。

「なんだお前」
「えっ?」
「…ちっ…なんだよこれ」
「な…那月くん…?」
「那月?俺は那月じゃねえよ。砂月」

そう言ってびっくりしている香の顔をじっと見つめた。
香はその視線に負けて一歩後ろに下がると、足が繋がっていたせいでこてんと後ろに転んでしまい、それに引っ張られるように砂月も香の上に倒れ込んでしまった。

「てめ…何すんだよ!」
「ご、ごめんなさい!」
「暴れんな!立てねえだろうが!」

突然那月が豹変したことに周りが騒ついていると、翔が慌てて走ってきて落ちたメガネを取ると砂月にそれを掛けた。

「あれっ?かおりちゃん、どうしたの?」

メガネをかけるとまたいつもの那月に戻って、翔は大きくため息をついた。

「転んじゃった?大丈夫?」

那月はいつもの優しい笑顔で香を抱き起こして、砂を払ってくれた。
事態が飲み込めないでいる香に、翔が「詳しくは後で言うけど、那月のメガネは絶対外すな」と言った。

「絶対だぞ!」
「は、はぁ…」
「翔ちゃん、どうしたの?応援に来てくれたの?」
「するか!俺たちは敵同士だぞ!絶対負けねえからな!」

翔はそう言ってまた走って自分の持ち場に戻っていった。
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