長編その2

□梅雨の季節
11ページ/11ページ

2人に今までのこともさっきのことも全部話すと、2人は難しい顔で「うーん」と考えこんでしまった。

「香ちゃんが悪いわけじゃないよね」
「そうよ。下手すりゃ四ノ宮さんも退学になっちゃうんだしさ」
「…どうすれば良かったのかな…」
「どうすれば、じゃなくてさ、これからどうするかを考えよ!」
「これから…」
「うん!そうだよ!香ちゃんは間違ったことしてないもん!四ノ宮さんにもちゃんと話せばわかってくれるよ」
「でも、那月くんは出てきてくれなくて…」

香がしゅんとしていると、春歌の携帯に音也から電話がかかってきた。
那月のことで話したいからと香たちは談話室へ向かった。
そこには音也と真斗と、翔が待っていた。
香が春歌たちにも話したことを3人にも話すと、3人もうーんと腕を組んで考え込んでしまった。

「今、砂月くんは…どうしてますか?」
「部屋にいるよ。不機嫌そうに、那月が書いたノート読んでる」
「そう…」
「翔から砂月になんか言えない?」
「いっ、言えねえよ!あいつすぐ手が出るし…!それに…あいつが那月のことを大事に思ってるのは間違いねえから…きっとずっとこのままってことはないと思う」
「…メガネを掛けたら戻るのではないか?」
「そう思ってさっきメガネ掛けてやろうとしたんだけど、砂月にバレて。那月が戻りたくないって言ってるからこれは意味がないって、自分でメガネ掛けたけど、砂月のままだった」

香はまた泣きそうになって俯き、みんなも困った顔で見合わせた。
その頃、翔と那月の部屋がノックされ、部屋に残っていた砂月は無視していたが何度もノックされ仕方なくドアを開けた。

「んだよ」
「四ノ宮さん」
「お前…」
「一ノ瀬トキヤです。先日はどうも」

トキヤは部屋に入ると砂月の顔をじっと見つめて「本当に別人のようですね」と言った。

「用はなんだ」
「お礼を言いにきました」
「礼?」
「先日、ライブであなたが私に、偽りの歌はやめろと仰いました」
「ああ…。ん?アイツはお前の兄なんじゃなかったか?」
「…あれは嘘です。HAYATOは私で、私は一人っ子です」
「はっ!なるほど」

砂月は笑ってベッドに座り、トキヤをじっと見つめた。

「で?」
「…あなたに言われて胸が抉られるようでした。自分が本当に歌いたい歌を歌うために、本意ではない歌や歌い方をしてきました。人気が出れば好きな歌を歌えるようになると信じて」
「売れれば売れるほど自分のやりたいことが出来なくなってったってことか」
「はい。HAYATOとしてではなく一ノ瀬トキヤとして歌いたくてこの学園に入りましたが…結局HAYATOは捨てられず…」
「あっちもこっちもって欲張るからそうなるんだ。本当に大事なのはひとつに決めろ」

砂月はそうトキヤに言ってから、自分の手を見て小さく笑った。

「…まぁ…簡単にそれが出来れば、いいけどな」
「ええ。…やっとHAYATOを辞めることが許されました。来月、発表します」

トキヤはスッキリした顔でそう言うと、砂月に頭を下げた。

「四ノ宮さん。あなたのおかげです。ありがとうございました」
「……俺は何も…ただムカついただけだ」
「それでも。ありがとうございます。ただ、私はHAYATOに感謝しているんです。…HAYATOは私で、一ノ瀬トキヤは私です。偽りだったとしても演じていたとしても、HAYATOは私の一部で、これから演じることがなくなったとしても私の大切な存在なのは変わりません」
「…何がいいたい」
「四ノ宮さんも、きっとそう思っているはずです」

トキヤは砂月の目を見つめて小さく笑った。
砂月は舌打ちをして「説教の仕返しか」と呟いた。

「そんなつもりはありませんが、そうとられてしまったのなら仕方ないですね」
「はっ。よく言うぜ」
「…私もあなたが居てくれて良かったと思っています。四ノ宮砂月さん。私はあなたに救われた」

トキヤはそう言うと、頭を下げてから部屋を出て行った。
砂月は閉まるドアを見つめて、舌打ちをしてベッドに倒れ込んだ。
何か胸につかえていたものが小さくなったような気がして、大きく深呼吸をした。

しばらくしてみんなと別れた翔が部屋に戻ってきたが、砂月は翔を無視したままベッドで何かを真剣に読んでいた。
翔は砂月に「なあ」と声をかけた。
砂月は無視していたが、翔は砂月の持っていた紙をピッととって「おい!」と大きな声で呼んだ。

「なにすんだよ」
「呼んでんだろ!返事くらいしろよ」
「うるせえ。チビ」
「チビっていうな!」
「返せ」

砂月は翔から紙を取り返すとまたベッドにごろんと横になった。

「お前、明日どうすんだ?」
「…なにが」
「授業。出ないのか」
「出ねえよ」
「那月が困るぞ。単位が足りなくなって卒業出来なかったら」
「……」
「出席だけでもしろよ」

返事のない砂月に翔はため息をついて、風呂行ってくると言って部屋を出た。
次の章へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ