長編その2

□夏祭り
10ページ/10ページ

音也と別れ、香が家に帰るとクップルとうどんが香にぴったりとくっついてきた。

「ん?どうしたの?」

香がよしよしと撫でると、母親が「なんかあったの?」と聞いた。

「え?」
「香が落ち込んでるんじゃないかって気にしてるのよ。うどんはそういうの昔から敏感だから」

香は恥ずかしそうに笑ってうどんを撫でた。

「大丈夫だよ」

そう言ってもうどんには何もかも伝わっているような気がした。
那月はキャンプから戻って、香と音也がマスミと一緒に路上ライブするというメールをまた開いてはため息をつきながらベッドに寝転がった。
今朝そのメールが届いてから、何度も開いて何度も返信をしようとしたがうまい言葉が出てこなくてそのままになってしまっていた。
そして香は返事がこないことに、自分のように気にはならないのだろうかと思えば余計にモヤモヤしてしまい、また携帯を閉じてしまった。

「はぁ…」

ごろん、と横になって大きなくまのぬいぐるみを抱きしめてまたため息をつくと、携帯が鳴ってガバッと起き上がってすぐに電話に出た。

「もしもし!」
『那月くん?ごめんね、今平気?』
「うん!」
『良かった。キャンプ楽しかった?』
「うん。あ、ごめんね、メールもらってたのに返事、してなくて…」
『ううん。大丈夫。気にしないで』

そう言ってくれる香にホッとしつつも少し複雑な気持ちだった。

「かおりちゃんは?どう、だった?」
『楽しかったよ。久しぶりに音也くんにも会えたし。音也くん、暇で溶けちゃうかと思ったって』

香が笑うと那月も「溶けなくて良かったです」と笑った。

『それでね、今課題曲作っててね。マスミちゃんに聞いてもらったんだけど、…ありふれてるって言われちゃって』
「え」
『那月くんのイメージとは違うから歌う人のイメージに合わせた方が受けがいいよって…』

那月は自分より先にマスミ達に曲を聞かせたことにモヤモヤしたが、少し落ち込んでいる様子の香のことが心配だった。

「僕にも聞かせてくれる?」
『…うん…』
「いや?」
『……あんまり…って言われたの……那月くんに聞かせたくないな…』

香がそう言う気持ちもわかるが、このまま自分だけ聞かないでいるなんて絶対嫌だった。

「かおりちゃんのパートナーは僕です。関係ない人の意見より、僕の意見を聞いてほしいです」

那月はキッパリと言うと、香はしゅんとして「ごめんなさい」と謝った。

「それに、僕はかおりちゃんがどんどん新しい僕を引き出してくれるのがすごく嬉しいんです。もし、かおりちゃんの曲と僕のイメージが合わなくてマイナスになってしまった時は、それは僕の実力不足です。だから、かおりちゃんはそのことは気にしなくていいです」
『…那月くん……ごめんなさい。パートナーなのに…。ありがとう。聞いてくれる?』
「もちろんです」

香はピアノの前に座って音を鳴らして「聞こえる?」と聞いた。
聞こえますよ、と言うと少しの間があってからピアノの音が聞こえてきた。
ポップで楽しいキラキラした曲調に、那月は目を閉じて自然と笑顔になっていた。
まだ未完成の曲で途中で終わってしまったが、那月はパチパチと大きな拍手を送った。

「すごい!とっても素敵です!ワクワクするような、暑い夏にぴったりの楽しい曲ですね!」
『ほ、本当?ありきたりじゃない?』
「はい!僕はとっても素敵だと思うし、歌いたいって思いました!」
『本当?歌ってくれる?』
「もちろん!早く歌いたいです!」

お世辞とかではないのが伝わって、香はホッとして「良かったぁ」と呟いた。

「かおりちゃん。完成、楽しみにしてるね」
『…うん。ありがとう、那月くん。もっと良くなるように頑張る』

やっと笑顔になってくれたようで那月もホッとしていた。
ありふれた、と評されたと言ったがそんな風には思えなかったし、まだ未完成の段階でそう決めつけるのはどうかと那月は思っていたが、自分があの人のことをあまり好ましく思っていないのも自覚しているからそう思ってしまうんだろうとそれ以上考えるのをやめた。
そんなことより香が笑って話してくれることの方が大事で、香がこの曲の続きをこんなのはどうかな、と那月にピアノを弾いて聞かせてくれることが嬉しかった。
次の章へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ