長編その2

□海水浴
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8月に入り更に暑い日が続いていたが、香はエアコンの効いた涼しい部屋からほとんど出ないで作曲を続けていた。
両親に聞かせてあげると、2人は「やっぱり香はすごいなぁ」とたくさん褒めてくれた。
夏休み前に作った課題曲を聞かせた時は香だけでなく那月のこともたくさん褒めてくれた。

「ぽやんとしてる子と思ったがこんな歌を歌うんだな。専門的なことはわからんが、俺は好きだな。他の歌も聴きたいと思う」

父親は感心したようにそう言ってくれたから香は嬉しくて那月にメールで教えてあげると、那月からもとっても嬉しいと喜んでいる返事が来た。
自分が褒められるより、那月が褒められた方がなんだか嬉しかったし、それからも時々その歌を聴いている父親の姿を見ると嬉しくて仕方がなかった。

「パパ、また聞いてくれてる」
「お気に入りなのよ。車でも聞いてるわ」
「嬉しいな」
「新曲、楽しみにしてるわね」
「うん」

歌を聴きながらクップルを撫でている父親を2人で見てクスクス笑った。
寮に戻る準備をしていると携帯に音也からメールが届き、みんなに一斉送信されたメールは「夏休み最後の週でみんなで海水浴にいかない?」というお誘いのメールだった。
香はすぐに、行きたい!と返信し、みんなからも同じように返ってきたようで「じゃあ決まり!日にちはまた戻ってきたら決めよ!」と返ってきた。
香は水着どうしよう、と考えていると友千香から電話がかかってきた。
一緒に水着買いに行かないかと誘ってもらえて香は良かったと笑った。

「スクール水着しかなくてどうしようかと思ってたの」
『あははは!なら良かった!』

それじゃあまたね、と電話を切って、香はドタドタと階段を降りた。

「パパ〜!今度みんなで海に行くことになったの!それでね、友ちゃんと春ちゃんとね、水着買いに行くんだけど」
「海!?」
「うん!那月くんとね、音也くんと真斗くんと6人で!」
「う、海はまだ早い!」
「え?」
「パパったら」
「それに水着はあるだろう。去年買ったじゃないか」
「あれはスクール水着じゃん。海にスクール水着で行くなんて恥ずかしいよぉ」
「……ん〜…」
「お願い、パパ」

かわいい娘にお願いされたらうんと言うしかないが、夏祭りだけでも心配だったのに今度は海となると余計に心配で頷きたくなかった。

「海なぁ…」
「……だめ?」
「ん〜……」
「パパったら。もう16歳になるのよ。それくらいいいじゃない」
「お願い」

2人にそう言われて父親は仕方なく頷いて、その代わりにいくつか約束をさせた。

「知らない人についていくんじゃないぞ」
「何歳だと思ってるの…」
「冷たい物を食べすぎるなよ」
「はあい」
「肌の露出は控えなさい」
「はーい」
「お前は日焼けすると赤くなって痛くなるんだから日焼け止めと日除けと」
「わかってるよぉ」
「1人で歩いたりするなよ。必ず四ノ宮くんについてきてもらうこと」
「はぁい」

香は父親の約束事を受け流しながら大人しく聞いた。
臨時のお小遣いを貰うと香は「ありがとう!」と父親にぎゅっと抱きついてから、クップルを連れて2階に戻った。

「…とうとう香も海に男の子と行くようになったのか…」
「2人っきりってわけじゃないんだから」
「はぁ…」
「四ノ宮くんなら安心じゃない。あの子いい子よ〜」
「……」

父親は複雑な気持ちでうどんを抱っこしながらウイスキーを出して晩酌の準備をした。
香は荷造りを終わらせて、母親が用意してくれたクップル用のキャリーバッグをクップルに見せた。

「クップル。明日はこれで電車乗るからね。寮が近くなったらここの蓋だけするけど我慢してくれる?」
「にゃー」
「いい子ね。ありがと」

香はクップルを撫でて、完成させた曲を弾いてから一緒にベッドに潜り込んだ。

「那月くん、喜んでくれるかな」
「にゃあ」
「クップルは?どう思う?いい曲だなって思ってくれた?」
「にゃ〜」
「本当?ふふ、ありがと。良かった」

香はクップルを抱きしめて目を閉じた。
次の日香は父親に車で駅まで送ってもらった。
母親とうどんも一緒に来てくれて見送ってくれた。

「じゃあまたね!送ってくれてありがと」
「何かあったらすぐ連絡してね」
「体調に気をつけるんだぞ」
「うん!うどんも、ばいばい。またね」

香はうどんを撫でてから駅に向かって歩くと、後ろから父親が追いかけてきた。

「香」
「パパ。どうしたの?」
「あー…みんなと仲良くな」
「うん」
「…四ノ宮くんにもよろしく伝えてくれ。応援、してるとも」
「あは!うん!言っておくね」
「それとこれ。ママには内緒だぞ」

父親は香にお小遣いをこっそり渡して、無駄遣いするなよと言って笑った。

「ありがとう!パパ!」

香は父親にぎゅっと抱きついてから、手を振ってまた駅へと歩き出した。

「頑張れよ!」

背中からのエールに香はまた振り返って大きく手を振って笑った。
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