長編その2
□海水浴
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香は布団に入っても眠れなくて、何度も寝返りを繰り返した。
布団から出て、そっと窓を開けるとむわっとした空気が香を包んだ。
風が吹くと少し心地良さもあって、香は髪をかきあげた。
本当にこれでいいんだろうかと自問自答してはみるものの、ハッキリとした答えは出なくて、みんなは自分のために考えてくれてるしきっとそれが正しいことなんだとはわかっている。
でも。
「おい」
香は下から聞こえた声に、ベランダから身を乗り出した。
「砂月くん!?」
砂月が口に指を立てて香はパッと口を手で覆った。
そして小声で「待ってて」と言って、そっと部屋を出て砂月の所へ急いだ。
「ど、どうしたの?」
「那月が手紙で…お前のこと心配してた」
「……あ…」
「大丈夫か?」
「…うん…大丈夫」
香がそう言って笑って見せると砂月は香のおでこをぺしっと叩いた。
「大丈夫じゃねえだろ」
「……」
「俺がぶっとばしてやろうか。マスミって奴」
砂月は拳を握って見せると香は困った顔で笑いながら首を横に振った。
「……まだ…なんていうか……信じられなくて…」
「何が」
「……マスミちゃんがそんなこと、するなんて…って…」
「お前も那月も、人を簡単に信用しすぎなんだよ。いいか。才能のないやつは才能を欲しがるんだ。それが自分に見合ってるかどうかなんか考えない」
香は唇をきゅっと結んで下を向いた。
「……証拠を…突きつけたりとか、しないで済む方法ないかな…」
「ないな」
「……」
「お前なら強く言ってこないだろって甘く見られてんだよ」
「……それなら、それでいい。もう、無かったことにしたい」
香がそう言って俯いたまま握った手を小さく震わせた。
砂月が香に一歩近づくと、香はびくっと揺れた。
「あれはお前だけの曲じゃないだろ」
その言葉に香の目からぽたぽたと涙が溢れて落ちていった。
「お前が那月のために作った曲だろ。他のやつにくれてやっていいのか?」
「……でも…」
「いいのか、嫌なのか」
「……いや…」
「じゃあ戦うしかない。あの曲を黙ってあいつのモノにしてやるってことは、お前の気持ちも、プライドも潰すことになる。辛くても戦え。絶対に許すな」
砂月はそう言って香の手を引いて抱き寄せた。
「俺がついてる。那月も」
「…砂月くん…」
香は砂月の胸に顔を押し込んで泣きながら頷いた。
そっと髪を撫でて香が泣き止むまで優しく抱きしめた。
どのくらいそうしていたかわからなかったが、香がやっと泣き止んで顔を上げると砂月は香の顔を見てふはっと笑った。
「ひでえ顔」
「ひどい」
「…もう、泣くな」
髪をくしゃっと撫でると砂月はじっと香を見つめた。
抱きしめてキスをしたいという欲求が込み上げてきて、砂月は唇をぎゅっと噛んでから香の肩をぐっと押して身体を離した。
「那月に代わる」
「え?」
「お前も慰められるなら那月のがいいだろ」
「砂月くんも嬉しいよ?」
「……そうかよ」
「うん。ありがとう。頑張るね」
「おう」
香が笑ったのを見て、砂月も小さく笑い持ってきてたメガネをかけて那月とバトンタッチした。
那月は目の前に香がいることと外に出てきてることに驚いていたが、さっちゃんですか、と言って笑った。
「砂月くんがハッパかけてくれました。私が、いつまでもぐずぐずしてるから」
「かおりちゃん。僕も、同じ、だったからわかります。大好きな人だから、余計、辛いですよね」
「……うん……ごめんね、那月くん。嫌なこと、思い出させちゃって…」
「ううん。かおりちゃんの気持ちがわかってあげられたから、今は良かったって少しだけ思ってます」
那月は恥ずかしそうに笑って香の涙の跡を指で拭った。
「僕がさっちゃんに支えてもらったように、僕もかおりちゃんを支えたいです」
「那月くん…ありがとうございます。とっても頼もしいです」
目を真っ赤にしているのににっこりと笑う香に、那月はドキッとしてしまい慌てて視線をそらした。
「お、遅くなっちゃいましたね。ごめんなさい。もう、戻りましょう」
「うん。そうだね」
「暑いですね」
「暑いねー」
香がパタパタとパジャマの襟元を扇ぐと、那月は胸元につい視線が向いてしまった。
ちら、と見える肌を見ていると香の部屋のベランダからクップルが飛び降りて那月の顔にびったりとひっついた。
「わぁ!」
「えっ!あ、やだ!クップル!?」
「クップル?」
「クップル、那月くんから離れて」
「にゃーーー!」
「ご、ごめんなさい!」
「クップル!」
香は無理矢理クップルを引き離し「突然なあに?」とクップルを叱ったが、那月がそれを止めた。
「ぼ、僕が悪いんです」
「え?何かしたの?」
「にゃあ!」
「ご、ごめんなさい」
「なぁに?」
香が聞いても那月は気まずそうに視線を泳がせ、クップルは那月を睨みつけるだけだった。