長編その2

□対峙
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買い物を終えて帰宅した2人に母親は「出来たわよ」と言って出迎えた。
早速着てみて、と2人に急かされ那月は和室で衣装に着替えた。
前の衣装より少し落ち着いた印象になっていて新曲にぴったりだと那月は嬉しくなった。

「すごい!とっても素敵になりました!ありがとうございます!」

那月はお礼を言いながら襖を開けると、2人も衣装を着た那月を見て「素敵!」と大騒ぎした。

「ありがとう、ママ!すっごく素敵!」
「ふふふ。着る人が素敵だからよぉ」
「ありがとうございます。元の衣装よりかっこよくなって、ここはすっごくかわいいし」
「ほんとだ!かわいい!」

那月はよく見ると星の形になっている縫い目を香に見せた。

「ステージからは見えないだろうけど、こういうところまで凝ってると気持ちが違うよね」
「はい!ありがとうございます。僕すっごく嬉しいです」

2人に褒められると母親は嬉しくて、頑張った甲斐があったと喜んだ。

「こんなに素敵な衣装を作ってくれて…何かお礼をしないと」
「気にしなくていいのよ。私も楽しかったし、今度はゼロから衣装を作るっていうのもやってみたいわ」
「本当?ママに作ってもらえたら最高!」
「でも、そうね。ひとつ、お礼として、お願い聞いてもらえるかしら」

母親は那月にその新曲を歌って聴かせてほしいとお願いした。
那月は「もちろんです」と快諾し、リビングのテーブルを移動させて簡易的なステージを作った。
せっかくだから父親にも見せてあげたくてビデオを撮っておこうと母親はビデオをセットした。
香は音源の用意をしたが、那月はピアノも弾いて欲しいと香にお願いした。
じゃあ、と香はピアノの前に座って準備をすると、母親はパチパチと拍手をして始まるのを待った。
一瞬シンと静かになってから流れた音楽と那月の歌声に母親は目を丸くさせた。
香のピアノも那月の歌も、どちらもパワフルなのに繊細で、今まで聴かせてもらっていたものよりも格段に成長しているのが素人でもわかった。
踊るスペースがないから大きくは踊れなかったが振りもほぼ完成していた。
曲が終わると母親は一瞬言葉を失ったがすぐに大きく拍手をして「すごい!すごかった!」と那月に言った。

「かっこよかったし、歌、こんなに上手なんて…録音したのは聞いてたから上手いのは知ってたけど…生で聴くと全然違うのね」
「ふふふっ、そうでしょ?那月くんの歌はすごいの」
「ありがとうございます」
「あら〜…四ノ宮くん、握手してくれるかしら」
「ふふ、いいですよぉ」

母親は那月に握手をお願いして、サインもしてもらいたいわと笑った。
香はビデオを止めて、それをもっかい見ようとテレビに繋げた。
那月も一緒に見て、この振りをもう少し丁寧にしないと、と何度か一時停止したり戻したりしながら話した。

「ビデオ撮って見るのって大事ね」
「そうですね。気をつけないといけないとこがわかりやすいです」
「それならビデオ持ってっていいわよ。どうせあなた達いないと使わないし」
「本当?いいの?」
「いいわよ。さっきのこっちに移しといて」
「うん!ありがとう!」
「ありがとうございます」
「そのかわり、帰って来た時はビデオ持って帰ってきて見せてね」
「うん!」

香はお礼を言って、データをデッキに移すとビデオ一式を借りていくためにまとめた。

「お父さんに聞かなくて大丈夫ですか?」
「大丈夫よぉ」
「大丈夫大丈夫」

本当そっくりだなぁと思いながら、那月は父親にこっそりメールをしておいた。
衣装を綺麗に畳んで鞄にしまい、一緒にお昼ご飯を食べてから帰ることにした。

「本当にありがとうございました。何から何までお世話になってしまって」
「いいのよ。またいつでも来てちょうだい」
「はい」
「じゃあママ、うどん、またね」
「気をつけてね」
「お邪魔しました」

母親に車で駅まで送ってもらい手を振りながら改札へと向かった。
電車を乗り継いで寮に戻ると、心配してくれていた音也たちが談話室で出迎えた。

「おかえり!どうだった!?」
「とっても素敵にしてもらいました」
「そうか。良かった」
「見せて見せて」
「いいよ。これ写真」
「わぁ!素敵!」

香は衣装を着た那月の写真をみんなに見せた。
音也たちも自分の衣装の写真を見せてくれて、発表するのが楽しみだと笑い合った。
しばらく実家での話をしてから、もう少しダンスの練習もしたいと話し、音也たちもレッスン室の予約をしているからとそれぞれ練習へと別れた。
当然だが他の人より練習時間が少ない那月は少し焦っていて、レッスン室でも時間いっぱい使って真剣に練習をしていた。
香も出来るだけサポートしていたが、汗だくで頑張っている那月を見ていると父親の言う通り、自分が無理を言ったのかもしれないと反省していた。
レッスン室の時間がきてしまい、那月はもう少しやりたそうだったが練習を終わらせた。
部屋の掃除は香がやるからと言って那月はギリギリまで大きな鏡の前でステップの練習をしていた。

「お疲れ様」
「ありがとう」

レッスン室の鍵を返してから那月と香は談話室でビデオを見ながら振り返りをした。
真剣な顔でビデオを見ている那月の横顔はすごくかっこよくて、香はついじっと見つめてしまった。
香の視線に気がついた那月は優しく笑って顔を向けた。

「ん?」
「え?あ、ううん、なんでもない」

香は慌てて視線をビデオに向けた。
そういえばこんなに近づいていたけど汗臭くないかな、と那月は気になってしまい香から少しだけ離れた。

「ごめん、汗かいてて」
「え?あ、ううん、大丈夫。全然、気にならないから」
「そお?」
「うん。あ、でもそのままだと風邪ひいちゃうよね。ご飯の前にお風呂行っておいた方がいいかな」
「そうですね。そうしようかな」
「ビデオ、持ってく?」
「いい?じゃあ、借りていこうかな」
「うん」
「ご飯、一緒に食べませんか?」
「うん!じゃあ、えっと」
「7時半、くらいでいい?」
「うん!じゃあまたあとでね」

那月はビデオを預かって香に手を振りながら男子寮へと戻って行き、香も先にお風呂にしちゃおうと女子寮へ戻った。
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