長編その2

□対峙
13ページ/13ページ

春歌と友千香が部屋においでと言ってくれたが、那月が1人でいるのに自分だけが甘えるわけにはいかないと断った。

「友ちゃん、明日大事な日なんだから」

最後にはなんとか笑って言うことができた。
部屋に戻ると朝クップルを探したから布団はぐしゃぐしゃで、タンスや引き出しが開けっ放しのひどい部屋にため息をついた。
布団を直し、タンスの扉や引き出しを閉めて、開けっ放しのカーテンを閉めるために窓に近づいた。

「…那月くん……」

もう部屋に戻っただろうか。
まだあの暗い森で1人でいるんだろうか。
怒っているのかな。
悲しんでいるのかな。
私が、泣かないでちゃんと追いかけた方が良かったのかな。
どうしたら良かったの。

香は半分だけの明るい月を見上げて那月を想って、また涙を流した。
那月も同じ頃、月を見上げて香を想っていた。
そして、拳を握って覚悟を決めたように頷いた。

次の日、教室に行くとみんな今日の発表会のためになんだか空気がそわそわしていた。
音也と真斗、友千香もどこか緊張しているようだったが、香が「おはよう」と声を掛けるとホッとしたように笑って「おはよう」と言ってくれた。

「大丈夫?」
「眠れたか?」
「ちゃんと冷やさなかったの?真っ赤じゃない」

友千香に少し叱られて、香は恥ずかしそうに笑って昨日のことを謝りお礼を言った。

「いっつも、心配ばかりかけてごめんね」
「何言ってんの。友達なんだから当たり前」
「ああ。俺たちに出来ることならなんでも相談してくれ」
「そおよ!だからあたしたちの部屋で寝ようって言ったのに!」
「友ちゃんたら」
「うん。ありがとう」

香がお礼を言うと、教室のドアが開いて那月がやってきた。

「那月」

音也が那月に手を挙げると、那月は小さく笑って「おはようございます」と言って近づいてきたが、香はどんな顔をしていいかわからなくて振り向けずにいた。
那月はそんな香に気づいていたが、香の名前を呼んだ。

「かおりちゃん」

香はびくっと小さく揺れて、不安な顔でそっと振り向いた。

「ちょっと、いい?」

那月がいつもの優しい柔らかい笑顔でいることにホッとして、香は小さく頷いて那月の後に着いていった。
2人が教室を出ると、4人は「大丈夫かな」と顔を近づけた。

「2人にして平気なのかな」
「だ、大丈夫だろう。きっと仲直りしてるはずだ」
「だといいけど…パートナー解消とかってなってたらどうするの?」
「そ、そんな。そんなことないよ、大丈夫だよ」

大丈夫、と言いながらも心配そうな顔で2人が出て行った教室のドアを見つめた。
那月は教室から離れた場所で足を止めて香を振り返った。

「昨日はごめんなさい。かおりちゃんは何も悪くないのに…あたっちゃって…」
「…あたった?」
「うん。セシルくんとのこと、誤解して…勝手に…ごめんなさい」

那月はそう言って、じっと香を見つめた。

「…セシルくんにかおりちゃんのこと好きだって言われて…何も言えなくて……僕が、どうこう言える立場じゃなくて…」
「……うん…」
「ずっと、考えていました。どうしたらいいんだろうって。僕にとって、自分の夢もかおりちゃんの夢も大事で、守りたくて叶えたい」

そのためには、今は言葉にすることは出来ない。
それなら。

「かおりちゃん。今、僕がはっきりと言えるのは…かおりちゃんの曲は僕が一番輝かせることができます。僕の歌を聴いて、僕を信じて欲しい」
「…那月くん…」
「今は…それしか言えないです。それでも…」
「信じます」

香は涙を堪えて顔を上げて那月をじっと見つめ返した。

「ちゃんと、聴いてる。那月くんの歌、私、ちゃんと聴きます。ちゃんと、信じてる。だから、那月くんも、私のこと信じてください」
「…うん。そうだね。ごめん。ちゃんと、信じてます」

那月は香の涙をそっと拭って、優しく微笑んだ。
この募る想いは、まだ当分言葉にすることは出来ない。
縛ることも牽制することもまだ出来ない。
だけど、その想いは確かにそこにある。
いつか言葉にすることが出来る日まで、いつか自分のものだと堂々と言える日まで、言葉に出来ない想いを信じよう。
それまでは曲で、歌で、伝えあえばいい。

「那月くん、頑張ってね」
「うん。頑張ります」

今はその手を取ることも、抱きしめることも出来ないけれど、大丈夫。
そう思えた。
次の章へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ