長編その2

□学園祭の準備
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2人が教室に戻ると、4人はその穏やかな表情にホッとしていた。

「大丈夫だったね」
「ああ。杞憂だったようだ」
「良かったぁ」
「うん。良かった」

香と那月はみんなの所に行き、笑って輪の中に入った。
自然といつもの空気に戻り、緊張や不安が少しずつなくなっていくのがわかった。
林檎が教室に入ってくると、また少し教室の空気が張り詰めたが那月は自分でも驚くくらいに穏やかな気持ちだった。
講堂に全生徒が集まると、前列のテーブル席に続々と業界の有名な人達が集まり座っていった。

「あの人有名なプロデューサーでしょ?」
「すごぉい…」
「あんなにすごい人達の前で歌うの?」
「緊張してきた…」

名だたる凄腕のプロデューサーや有名なレコード会社のスカウトまで集まっていて、周りはざわつき浮き足だっていた。
香は隣にいる那月をちらっと見ると、那月はいつもの優しい顔で香ににこっと笑った。

「なあに?」
「あっ、えっと…き、緊張してない?」
「してますよ」
「え?そ、そうなの?」
「そりゃそうですよ」
「そ、そっか。落ち着いてるから、すごいなって…でもそうだよね。緊張するよね」
「うん。でも、心地良い緊張です。早く、歌いたいって思います」

そう言ってステージを見つめる那月の横顔は凛としていて、香も不思議と緊張が解けていった。

「私も。早く、那月くんが歌ってるの見たい」

そう言うと那月は嬉しそうに笑って「頑張るね」と頷いた。
早乙女の挨拶ののち、前もってくじ引きで決められた順番にステージに上がり夏休みの課題発表が始まった。
ゲスト達は時々耳打ちしたり、メモに何かを書いたりしながら真剣に一人一人のステージを見ていた。
講堂全体に緊張感があり、いい曲だったとしてもなかなか空気を掴むまでは出来ない生徒が続く中、レンがステージに立つと空気がガラッと変わるのがわかった。

「…わぁ…!」

華やかな空気でその場にいる人の視線を一気に奪うレンに、香も目を丸くさせてステージに夢中になった。

神宮寺さんなら、もっと声が伸びるのに。
もっと、スローにして低音を聴かせた方が。
私なら、もっと。

香はレンが歌うのを見ながら、自分ならこんな曲に、と指先でピアノを弾くように膝を叩いた。
レンの歌が終わると大きな拍手と歓声が鳴り響き、レンは嬉しそうに笑ってパチンとウィンクをしてステージを降りた。

「レンくん、かっこいいですねぇ」
「ね。すごい。空気がガラッと変わったね」

那月と香も拍手をしながらこそっと耳打ちした。
その後も真斗、トキヤ、友千香のステージはやっぱり一味違っていて、香は大きな拍手をおくった。
午前の発表が終わると休憩になり、那月と香、音也と春歌は一緒にお昼ご飯を食べに行った。

「みんなすごく素敵だったね」
「はい。とってもキラキラしていてみんなお星様みたいです」
「うん!キラキラだった!友ちゃんの衣装もすっごく可愛くて、ダンスもとっても可愛かったし、真斗くんもかっこよかった!」
「神宮寺さんと一ノ瀬さんもすごかったです。ガラッと空気が変わって、会場の空気を掴むのはすごく上手で、あれはもうセンスです。天才」

4人でご飯を食べながら、ステージの感想を興奮気味に話しているとそこにセシルがやってきた。

「カオリ!ワタシも一緒にゴハン食べてもいいですか?」
「セシルくん。えっと、あの」
「いいですよ。どうぞ」

返事に困っていると那月は香に寄って、自分の隣の席を空けてあげた。
セシルはむぅ、と唇を尖らせたが仕方ないとそこに座って、那月を挟んで香にめげずに話しかけた。

「カオリはさっきのステージどうでしたか?」
「え?あ、えっと、素敵だったと思ったよ」
「本当に?…ワタシはそうは思いませんでした。何人かは素晴らしい歌声だとは思いましたが、曲がいけません。彼らの魅力を引き出しきれていませんでした」

セシルの言葉に、香と春歌は顔を見合わせた。
なんとなく、自分たちも感じていたことをハッキリと言葉にされたような気がしていた。

「素敵な曲も何曲かありましたが、曲の良さを表現しきれていませんでした。あれでは作った人が可哀想です」
「そ、そんな風に言わないでよ!みんな一生懸命やってるんだから!」
「一生懸命なのは当然です。大事なのは誰かのココロに響くかです」

セシルの言っていることはもっともで、音也も那月も確かにそう感じるところもあったと、黙るしかなかった。

「カオリとハルカの曲の素晴らしさはワタシ知っています。2人の曲はミューズに愛された素晴らしい曲。ワタシも歌ってみたいと思うくらいです」

セシルは香と春歌を見てにっこりと笑った。

「ナツキとオトヤが2人の曲の魅力をどこまで引き出せるか、楽しみにしてます」

挑戦的なセシルの視線に那月と音也が言葉を詰まらせると、香と春歌が同時に答えた。

「「楽しみにしててください」」

そう言って自信満々に笑う2人に、セシルは目を丸くさせた。

「かおりちゃん」
「七海」
「ふふふ。2人の期待を裏切らないように頑張ってください」

セシルはクスクス笑ってお水を飲み干すと「ごちそうさまでした」と立ち上がりその場を去った。
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