長編その2

□学園祭
1ページ/12ページ

次の日、香が登校すると教室の前で森山とばったり会って、びくっと足を止めた。

「おはよう」
「お、おはよ」

森山は優しい笑顔で挨拶をしてそれ以上は何も言わずにSクラスへと歩いていった。
ホッと小さくため息をついて肩の力を抜き、香も自分のクラスへ入ると真斗が「おはよう」と振り返った。

「おはよう。真斗くん。那月くんは?」
「昨日粥を持って行ってやった時は元気そうだった。今日は来ると思うが」
「そっか。良かった」
「お前は?大丈夫か?」
「うん。ばっちり!ありがと」

そうか、と真斗が優しく微笑むと、香はパッと視線をそらして「それじゃ」とそそくさと離れた。
昨日の森山の言葉が浮かんで、真斗に迷惑をかけないようにしないと、と思って自分の席に着いた。
真斗はほんの少しの違和感には気づいていたが、特に気には留めていなかった。
春歌と友千香が登校し、音也と那月がやってくると那月は真っ先に香の元へやってきた。

「かおりちゃん、おはようございます。昨日は来てくれてありがとうございました」
「おはよ。体調はどう?」
「ばっちりです!」
「良かった」
「かおりちゃん、あとで昨日の授業のノート写させて欲しいんだけどいい?」
「うん、もちろん」
「良かった」

久しぶりにゆっくり話せたような気がして、香は嬉しかったがやっぱり森山の言葉がちらついてしまい、周りの視線を気にしていた。
チャイムが鳴って「あとでね」と笑顔で自分の席に戻る那月に、香も笑顔で小さく手を振った。
香の制服の袖からお揃いのバングルがちらりと見えると那月は嬉しくて堪らなかった。
昼休みにお昼ご飯を食べに行こうといつものように音也が声をかけて、春歌と友千香もいつものように「行こ」と言ってくれたが、香は一瞬躊躇してしまった。

「香?」
「あ、うん。行く。えっと、ちょっと、トイレ行ってから行くね」
「じゃあ席とっとくから」
「うん、ありがと」

香はパタパタとトイレに行き、個室に入ると大きくため息をついた。
どうしたらいいのかわからなくて、今まで通りにしていいのか、森山の言う通りみんなの将来を考えて距離を取るべきなのかをぐるぐると考えていた。
みんなに嫌な思いをさせないで上手に距離を取ることができればいいのかもしれないけど、自分にそんな器用なこと出来る気がしないし、距離を取ると言ってもどこまで気をつけたらいいのかもわからなかった。
結局答えは出ないまま、香はトイレを出て食堂へと向かった。
いつものメンバーがいつもの場所にいて、那月の隣のいつもの香の席を空けて待っていてくれた。
いつものうどんのセットを頼んでいつものように那月の隣に座り、いつものように音也が話し始める話題で盛り上がった。
食事を終えると、那月は香にノートを借りて図書室でノートを写した。

「かおりちゃん、これってこういうこと?」
「あ、うん。それでこっちがその資料の配られたプリント。那月くんの分は机に入ってた?」
「あ、入ってました」

そっかそっか、と頷いて那月はペンを走らせた。

「かおりちゃん、今日の放課後何か予定ある?」
「今日?今日は特にないけど」
「じゃあ、僕と一緒にお出かけしませんか?駅前のカフェでハロウィンの限定スイーツが始まったってレンくんが教えてくれたんです」
「限定スイーツ?」
「うん。どうかな」
「行きたい!」

香は前のめりにそう答えてから「あ」と小さく言って姿勢を戻した。

「何か用事があった?それなら別の日でも」
「ううん。大丈夫。そうじゃないの。大丈夫」
「そう?じゃあ、放課後一緒に行きましょう」
「うん。着替えてからでいい?」
「はい!」

那月はノートに写しながら、レンから聞いたそこのカフェの情報を香に話して聞かせては「楽しみですね」と笑っていた。
香も笑って話していたが、頭の中は「どうしたらいいんだろう」とずっと悩んでいた。
それでも那月はパートナーだし、恋をしていることは隠さないといけないけど仲良くすることは悪いことじゃないはず、と自分の中の森山に言い訳をしていた。
放課後になり那月と一緒に寮に戻り、着替えたらまたここで、と別れた。
部屋に戻りクローゼットの前でしばらく悩み、着替えてからも何度も鏡をチェックして、待ち合わせの場所に急いだ。
那月はもう先に待っていて香が来ると嬉しそうに笑って手を挙げた。

「ごめんね、待ったよね」
「僕も今来たとこです」
「本当?」
「……ふふ、嘘です。楽しみですぐ来ちゃいました。待ってるのも楽しかったですよ」
「ふふっ!待たせてごめんね」
「ううん。今日のお洋服もとってもかわいいです」
「ほんと?えへへ、嬉しい。ありがと」

恥ずかしそうにお礼を言う香が可愛くて目を細め、浮かれた気持ちがバレないように「行きましょうか」と冷静を装った。
並んでお喋りをしながら歩いてカフェに着く頃には香はすっかり森山の言葉を忘れていて、いつも通り那月との会話を楽しんでいた。
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ