長編その2
□ご褒美
1ページ/13ページ
香達が登校してくると、那月は春歌に視線を送ったが春歌は小さく首を横に振った。
「おはよう、かおりちゃん。七海さん、渋谷さん」
「おはよ」
「おはよ〜」
「おはようございます」
「眠れた?」
「うん。昨日ね、春ちゃんと友ちゃんのお部屋にお泊まりさせてもらったの」
「そう。良かったね」
腫れてしまって痛々しい目元で笑う香を優しい目で見つめる那月に、春歌と友千香は「やっぱり四ノ宮さんに話したほうがいいよね」と小声で話した。
「そうだ。香ちゃん。あのね、学園長せんせえがテストで頑張ったご褒美くれるって言ってたでしょ?」
「うん」
「これをね、もらいました」
那月は香に、学園長の封蝋印を押されたままの封筒を見せた。
「わぁ!中はなぁに?」
「まだ開けてません。かおりちゃん、お昼に一緒に開けて見ませんか?」
「いいの?ふふっ!楽しみ!」
嬉しそうに笑う香を見て那月は目を細めた。
授業が終わり昼休みになると香は那月の席に行って「早く見たいな」と急かした。
「お昼ご飯食べてからにしましょう」
「そっか。そうだよね。お腹空いちゃった」
クスクス笑って、みんなでお昼ご飯を食べながら那月と真斗がもらった封筒について話した。
「真斗くんはもう見ましたか?」
「ああ。もらってすぐな」
「なんだったの?」
「ああ。ひとつだけ」
真斗が話そうとすると香は耳を両手で塞いだ。
「何してんの?」
「……え?あ、えへへ、あとで那月くんの見せてもらう約束したから、ネタバレしないようにって」
「そうか。では、今は黙っていることにしよう」
真斗がそう言って笑ってくれたから、香は「ごめんね」と謝ってからお礼を言った。
「あたしは気になるから今教えて」
友千香が真斗に耳を寄せると、一瞬戸惑ったが耳元に顔を近づけてこそこそっと教えてあげた。
「えー!!なにそれ!いいなぁ!」
「なになに?私も教えて」
「あのね」
「…えー!すごい!」
友千香と春歌がすごいすごいと言い合い、音也も春歌に教えてもらうと同じように驚き「いいなぁ」と羨むから、香も気になってしまいソワソワしていた。
「なんでしょうねぇ」
「う〜…気になる〜…」
「ふふ。じゃあ早く食べて開けてみましょうね」
香は頷いてご飯を急いで口に運び、もぐもぐしながらごちそうさまをして那月に笑われてしまい、香は少し恥ずかしそうに笑った。
2人で図書室に行きすみっこのソファに並んで座り、那月の封筒を開けるのを香はワクワクしながら見ていた。
「なんだろね」
小声で聞く香に目を細めて、封筒を開き中から2枚の紙を出した。
折り畳まれた紙を開くと、学力テストを頑張ったことを褒める言葉とひとつだけお願い事を叶えてあげます、という文が書かれていた。
「お願い事?」
「すごいですね。この紙に書いてだって。サンタさんみたいですね」
「すごい!なんでもいいのかな」
「どうでしょう」
「何をお願いする?」
「うーん…」
那月はチラッと香を見て、男女交際を認めてほしい…は流石に無理かなあと思って首を横に振った。
「かおりちゃんだったら何がいい?」
「えー?ん〜……そう言われると……」
香もしばらく考えてから、チラッと那月を見ると目が合ってしまいパッと視線をそらした。
「む、難しいね」
そう言って少し頬を赤くするから、那月はもしかしたら自分と同じことを考えてたのかなと嬉しくなった。
「……ダメ元でお願いしてみようかなぁ」
那月が小さく呟くと香は「なぁに?」とワクワクした顔で聞いた。
「ふふ。内緒です」
「なぁに?気になるよぉ」
「お願いが叶う時に教えてあげるね」
「絶対だよ!約束!」
香は那月に小指をぴんと立てて出すと、那月は嬉しそうに笑ってその小さな指にそっと指を絡めた。
香が笑顔でいてくれることが嬉しくてずっと笑っていてくれたらいいなと思っていると、香は那月の後ろの何かに気がついたようにびくっと身体を揺らしパッと手を引いた。
笑顔が無くなって泣きそうな顔で俯き、手でスカートの裾をくいと伸ばした。
那月が振り返ると少し離れたところの机に座っている森山が居た。
森山は何かの本を読んでいて、こちらに視線は向けていなかったが香の様子が明らかに変わったことに、那月は疑惑が確信に変わっていた。
「かおりちゃん。もう、行こうか」
「…う…うん…」
那月が香に手を差し出すと、香はチラッと森山に視線を向けてからそっと手を乗せて立ち上がり、すぐに手を離して胸元でぎゅっと握った。
なるべく森山の近くを通らないようにしてあげたかったが、図書室を出るには通らざるを得なくて那月は香を隠すように歩いた。
香はなるべく普通に、と思っていたがどうしても手足が小さく震えてしまうのは抑えられなかった。
かくん、と足が躓いてしまうと、那月が咄嗟に手を出して支えてくれた。
「大丈夫?」
「ご、ごめんなさい」
慌てて身体を離すと香の耳に森山のため息が聞こえてきて、香の顔色がさっと青くなった。
「かおりちゃん。もう行こう」
那月はやや強引に香の手を引いて図書室を出た。
本当はあの場でどういうつもりなのかを問い詰めたかったが、香の前ではできないと判断した。
それは正しいと思ったし、ますます許せない気持ちが大きくなっていった。