長編その2

□クリスマス
1ページ/14ページ


「…っくしゅん!」
「大変です!もう、戻りましょう!」
「だ、大丈夫だよぉ」
「だめです。また風邪ひいたら大変です!」

那月が自分のコートを脱いで香にかけようとするから、香は慌ててそれを止めて「帰るから!」と素直に言うことを聞くことにした。
マフラーは巻いててください、と強く言うからそれは甘えることにして立ち上がった。
マフラーに顔を埋めると那月の匂いがして香はクスクス笑った。

「なぁに?」
「ふふ。那月くんの匂いする」
「えっ!ちょ、嗅がないでください」
「大丈夫、いい匂いだよ?」
「もお〜恥ずかしいです」
「ごめんね。もう嗅がないから」

と言いながら、こっそりすぅと嗅いで小さく笑った。

「あ、そうだ。那月くん。前に教えてもらった星って見える?」
「前?」
「うん。那月くんが好きって言ってた…南十字星!」
「ああ。あれは日本じゃほとんど見えないんですよ。沖縄の離島でしか見えないんじゃなかったかな」
「そうなんだ」
「でも、とっても綺麗でかわいいから、いつかかおりちゃんにも見せてあげたいな」
「いつか連れてってね」
「いいよ。約束」

冷たい小指を絡めて「嬉しい」と無邪気に笑う香に、那月はつい悪戯心を出してしまった。

「その時は、お部屋はひとつでもいい?」
「え?」

香はその言葉の意味がよくわからなくて首を傾げた。

「なんでもないです」

那月はクスクス笑って香の頭をポンポンと優しく撫でて「早く帰りましょう」と言って香の手を引いた。

お部屋はひとつ?
どういうこと?

香は那月に手を引かれながら歩いて考えて、寮に着いて那月にマフラーを返そうとした瞬間その意味に気がついてしまって、小さく声を上げた。

「あっ」
「ん?」
「…な、なんでもないです」

なんでもないと言う香の顔が真っ赤に染まっていくから、那月はつい笑ってしまった。

「ふふっ。気づいちゃった?」
「し!知らない!」

もお!と那月の胸にマフラーを押しつけて「おやすみ!」と言って那月に背を向けてスタスタと女子寮へと歩いて行った。

「おやすみ。また明日ね」

那月はクスクス笑って、香の背中に向かって手をひらひらと振った。
香は真っ赤な顔でチラッと振り返り、手を小さく振り返してまたパタパタと走って帰って行った。

「ふふ、かわいい」

那月は小さく呟いて、返してもらったマフラーをくるっと首に巻くと、ふわっと微かに香る香の匂いを感じて那月は幸せそうに目を閉じた。

香は部屋に戻ると、那月の言葉に胸がドキドキしていた。
いつか2人で南十字星を見に行こう。
それだけなら嬉しいと喜ぶだけだったのに、ひとつのお部屋でいいかなんて聞くから何も言えなくなってしまった。
すぐにその言葉の真意を理解出来なかったことも、たぶん那月もわからないだろうと思ってたんだろうなということも恥ずかしくて、ベッドに臥せって足をばたつかせた。

「バカにされたぁ…」

悔しい、と思いながらも、実際すぐにピンと来なかったし、うまい返しも思いつかなくて逃げてしまったし、まだまだ自分がお子様だと思い知らされてしまった気がした。

「いつか…っていつかなぁ…」

そのころには、そういうのも受け入れられるようになってるのかな。
今はまだ、そういうの考えられないけど、いつか、大人になったら…。

「ん?大人になったら?…そういうことをするから大人になるの?大人になったらそういうことをするの?」

しばらく考えてみたが結局わからなくて、考えるのはやめよう、と香はコートを脱いでクローゼットにしまい、キーボードの前に座った。

「那月くんのための曲」

どんなのがいいかな。
香は鍵盤をじっと見つめてから、ヘッドホンをつけて指を鍵盤の上で踊らせた。
那月くんが一番輝く曲。
それならきっとこんな曲。
今までのスランプが嘘みたいに、次から次へと曲が生まれていった。

「早く明日にならないかな」

この曲ならきっと那月くんも喜んでくれる。

やっとそう思える曲が出来て、香は嬉しくて嬉しくて、久しぶりに楽しいと心から思えた。
楽しくて仕方なくなると、香は歯止めが効かなくなるのが悪い癖で、結局空が明るくなるまで香はキーボードを弾き続けていた。
いつもの時間の目覚ましが鳴って、香はようやく朝になっていたことに気がついた。

「あっ!またやっちゃった!」

香は急いで途中の楽譜をまとめて鞄に入れて、朝の支度に取り掛かった。
目の下のクマは酷かったが、体調はすこぶる元気で香は軽い足取りで学校へ向かった。
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ