長編その2

□年末年始
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次の日、香はうどんに朝早く起こされ、大きなあくびをしながらリビングへと降りていった。
母親がキッチンから「早いじゃない」と驚いて顔を覗かせた。

「うどんが起きようってうるさくて」
「お散歩連れてってあげてくれない?パパたぶんまだ起きてこれないと思うし」
「はーい。那月くん起きたらよろしくね」

香は顔を洗って着替えてからうどんと朝のお散歩に出かけた。
まだ外は暗くて冷たい空気が頬に痛いくらいで、マフラーを口元まで上げた。

「さむぅい〜うどん〜さむい〜」

香が縮こまっていてもうどんは嬉しそうに歩いて、時々振り返っては「楽しいね」というように見つめるから香は真っ赤な鼻で笑ってついて行った。

「北海道はこれより寒いんだよね〜」

香ははぁーと白い息を吐いて空を見上げた。
まだ暗い空の向こう側が少しずつ白けてきて、綺麗だなぁ、と思いながら空を見つめた。
1時間くらい散歩をしてから帰宅すると、香は「寒かったぁ〜」と言ってリビングに駆け込んだ。

「ありがと。ココア淹れたから飲んで」
「ここあ〜」

香がマグカップで冷たくなった手を温めていると、顔を洗ってきた那月が「おはよう」とリビングのドアを開けた。

「おはよ、那月くん。眠れた?」
「うん。おかげでぐっすり。お散歩してきたんだってね。寒かったでしょ」
「すっごい寒かったぁ〜!ほら」

香は隣に座った那月の首にぴとっと冷たくなった手を当てた。

「わ!」
「ね?」
「こら、やめなさい」
「えへへ、ごめんね」
「氷みたいでした」

香はクスクス笑ってまたマグカップで手を温め、那月は足元に擦り寄ってきたうどんを抱き上げてお膝に乗せてあげた。

「うどんも寒かった?…ふふ、そうなんだ」
「なぁに?」
「かおりちゃん、ずっと寒い寒いって言うから早めに帰ってきてあげたんだって」
「えっ、そうなの?やだ、ごめんね、うどん」

香はうどんを撫でながら、午後のお散歩はもう少しゆっくり行こうね、と約束した。
朝ご飯を食べていると、父親が起きてきてまだ眠そうな顔でコーヒーを飲んだ。

「パパ、飲み過ぎだったんじゃない?」
「んー…」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫。二日酔いってほどではないから」
「昨日は楽しかったからついお酒が増えちゃったのよね」

母親はクスクス笑って、朝ご飯はどうする?と聞いた。
ご飯はいい、と言ってコーヒーを飲むと那月に「空港まで送ってくのは大丈夫だから」と恥ずかしそうに笑った。

「僕、電車で行けますから」
「いや、いいんだ。ちゃんと送ってく。10時に出れば大丈夫だろ?それまでにはしっかり、するから」
「パパったらぁ」

香は呆れたようにため息をついて、朝ご飯の残りを食べた。
那月はお皿を洗うのを手伝うと、クリスマスツリーを片付けるのも手伝った。
母親はお礼を言って那月にお茶を出した。

「四ノ宮くんが手伝ってくれて助かったわ。パパがあんなんだからどうしようかと思ってたの」
「大きいツリーでしたもんね」
「私が幼稚園の時にパパにわがまま言って買ってもらったの。ね?」
「あら、覚えてたの?」
「覚えてるよ〜それまではこのくらいので、もっと大きいのがいいって騒いだの」
「あれは大変だったな。これじゃなきゃ絶対やだって泣き喚いて、仕方なく買って帰ったらママに、こんな大きいの邪魔でしょって叱られてなぁ…」
「ふふ。お父さんは大変です」
「那月くんのおうちはどんなツリー?」
「うちはね、おうちの中のはこのくらいの小さいやつなんですけど、庭に大きいモミの木があってね、そこにキラキラのライトをたくさんつけるんです」
「わぁ!素敵!」

いいなぁ、と言いながら香はココアを飲んでお喋りを続けた。
那月の話を両親も楽しんで聞いていたし、両親も香の話を那月に聞かせては恥ずかしがる香を見て笑った。
そろそろ空港に行こうか、と父親は立ち上がり、那月も荷物をまとめて何度もお礼を言った。

「四ノ宮くん。これをご両親に渡しておいてくれないか」
「え?」

那月は父親から渡された封筒を受け取り首を傾げた。

「慰謝料の話をしただろう?その件できちんとお伝えした方がいいと思って。君も大人だが、まだ学生だし未成年だしな」
「そんな、あれは。僕はもらえないと」
「だがご両親に黙ってるわけにはいかないからな。報告が遅くなってしまってすまないと言っておいてもらえるかい?」
「…すみません、色々、考えていただいて。ありがとうございます」

那月は複雑な気持ちだったが、父親の言うことは正しいんだろうとわかっていたし、自分のことをちゃんと考えてくれてることがありがたかった。
那月が封筒をしっかり鞄にしまってると、母親がパタパタとやってきて「これも持ってって」と那月に百貨店の包みの箱を渡した。

「いつも四ノ宮くんにはお世話になってるから」
「そんな、僕の方が」
「ママ、荷物になっちゃうよ」
「そ、それは大丈夫だけど」
「ご両親によろしくお伝えしてね」
「はい。すみません、何から何まで」

那月は母親からのお土産を鞄にしまって、何度もお礼を言って車に乗った。
窓からお見送りしている母親とうどんに手を振って、父親の運転する車で空港へ向かった。
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