長編その1 @

□募る想い
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「…さん。…さん!河嶋さん!」

「は、はいっ!」

香は肩を叩かれて呼ばれていることに気がついた。

「す、すみません」
「どうしたの?体調悪いの?」
「いえ、あの、ちょっと考え事してて、すみません」

香は仕事中にぼーっとしていたことを反省した。
歌って踊る那月を初めてちゃんと観て、やっぱり世界が違う人なんだと改めて実感してしまった。
こんな人が自分なんか、と少し期待していた自分が恥ずかしかった。

でも。
もしかしたら。

そんな考えが浮かんでしまう。

もしかしたら、四ノ宮さんも私のこと。

ぶんぶんと頭を振って、香は浮かんだ願望を打ち消した。
仕事に集中しなきゃ、とパチンと頬を叩いた。


生放送を終えて、次は雑誌の撮影。
そのあとはみんなで稽古をして、次の日は舞台の顔合わせ、その次の日は舞台の稽古と音楽番組の収録。
次の現場に向かう車の中で、那月はスケジュールを確認し、小さくため息をついた。

「どうした、四ノ宮」
「え?」
「体調でも悪いのか?」
「いえ、とっても元気ですよお〜」

那月はむんっと胸を張って見せた。

「それならいいが。何かあったのなら相談してくれ」
「はい、ありがとうございます、真斗くん」

隣に座った真斗が那月を心配したが、同じように那月を気にしていたのが翔とレンだった。

「なにかあったのかな」
「…もしかしてダメだったんかな」
「でも昨日のLINEではうまくいってそうだったけどな」
「ん〜〜後でこっそり聞いてみるか」

2人はこくんと頷き親指を立てた。
そんな2人の心配をよそに、那月は真斗とセシルに可愛い包み紙の飴を渡してニコニコといつもの笑顔になっていた。
雑誌の撮影は順調に終わったものの、時計の針は20時を過ぎていた。

「食べに行く時間ねえな。コンビニで買って事務所で食うか」

翔が提案するとみんな同意した。
トキヤだけは「20時ですよ?こんな時間に食べるんですか?」と言っていたが。

「じゃあオレとおチビで行ってくるよ」

レンの言葉に翔はピンときて、那月に
「那月、荷物多くなるしお前も来てくれよ」と声をかけた。
事務所の近くのコンビニで3人だけ降りて、車を見送るとレンは那月の肩に手を乗せた。

「じゃ、話を聞かせてもらおうかな」
「えっ」
「なんかあったんだろ?」
「シノミーしゅんとしてるから、心配してたんだよ」
「レンくん…翔ちゃん…!!」

那月は感激し抱きつこうとしたが、レンに「目立っちゃうからね」と止められ大人しく我慢した。
お弁当を選びながら、那月はポツポツと昨日の出来事を話した。
食事に誘えたこと。
一緒に食べた食事がとても美味しかったこと。
CDをすでに買って聴いてくれていたこと。
渡したCDを喜んでくれたこと。
また会いたいと言ってくれたこと。
帰り道に電話したこと。
月が綺麗だったこと。
寝る前にも電話をしたこと。
そして、たぶん、これは恋なんだということを。


「素敵だね、シノミー」
「俺は正直、アイドルがそうなるのはやっぱり良くねーと思うけど…でも、アイドルの前に1人の人間だしな」
「翔ちゃん…」
「好きになっちゃったもんはどうしようもないよな」

翔はお茶とコーラをカゴに入れて笑った。

「でも今はバレないようにしろよ」
「そうだね。スキャンダルには気をつけないと」
「そういうのお前得意だろ。那月に教えてやれよ」
「おや、心外だな。最近はちゃんとほどほどにしているよ」

どこかでもっと反対されるかもしれないと思っていたから、2人の反応に那月はホッとしていた。

「ありがとうございます…みんなには迷惑かけないように気をつけます」

そう言うとレンは那月のおでこをピンと叩いた。

「オレたちにじゃないよ。ファンの子たちを悲しませないためと、彼女のために、だよ」
「そうだぜ!俺たちはどうとでもなんだよ」

「レンくん…翔ちゃん…」

那月は嬉しくて、嬉しくて、我慢出来ずに2人をぎゅっと抱きしめてしまった。
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