長編その2

□入学式
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試験から数日後、クリーニングから返ってきたカーディガンを返すために香は那月にメールを送った。
あの日から時々メールのやりとりをしていたが、携帯に慣れてない那月からの返事はいつも遅かった。
そのせいか、この日はメールを送るとすぐに那月から電話がかかってきた。

「もしもし」
『あっ、えっと…河嶋さん?ですか?』
「ふふっ、そぉです」
『あ…えっと…四ノ宮です』
「ふふふ。わかってますよぉ」
『えっ、あ、そうですよね。ごめんなさい』

電話だと少し緊張してるような那月に、香も少しドキドキしながら話した。
カーディガンを送りたいと話すと、合格したら入学式で会うんだからそれまで持ってて欲しいと言われた。

『僕の願掛けみたいなものです』
「そっか。そうだね!合格したら同級生だもんね!」
『同じクラスになれるといいですね』
「うん!」

そのまま20分ほどお喋りをしていると、電話の向こうで那月を呼ぶ声が聞こえてきた。

『あ、ごめんなさい。そろそろご飯の時間で』
「えっ?もう?」
『あ、僕のじゃなくて、牛さんたちの。うちは牧場なんです』
「そうなの?すごぉい!ね、今度写真見せて!」
『いいですよ。じゃあ、今度送りますね』
「うん!ありがとう!楽しみにしてるね!」

それじゃあ、と電話を切ろうとすると那月が何か言いたそうにしているから、もう少し耳を当てて待ってみた。

『……あ、あの……またメールだけじゃなくて、電話も、していいですか?』
「…あっ…は、はい!あの、うん。私も、そう、したいなって…思ってたから…」
『…良かったぁ…!じゃ、じゃあ、あの、また!』
「はい、あの、また」

香は見えないとわかっていても手をふりふり振ってから電話を切った。
携帯を閉じて、ふと机の上に置いてある鏡に自分のニヤけている顔が映っていて恥ずかしくなってしまった。
それからも2人はメールや週に一回、30分ほどの電話のやりとりを重ねて、どんどん仲良くなっていき、お互いをかおりちゃん、那月くんと呼び合うようになっていた。
そして迎えた合格発表の日、那月は通知が来るのをソワソワと玄関で待っていた。
牧場の入り口から郵便の車が入ってくると、那月は大きく手を振って郵便のおじさんに駆け寄った。

「僕に手紙来てますか?」
「おぉ、なっちゃんに来てたよ。2通」
「えっ」
「ほい。じゃあね」
「あっ、ありがとうございました」

那月は手紙を受け取ると、合否の通知の下にかわいい封筒が見えた。

「あっ!かおりちゃん!」

那月は香からの手紙に喜んでウキウキしながら自分の部屋にいき、香からの手紙を開いた。
手紙には那月から届いた写真の感想とお礼、そして香も家で飼っている犬と撮った写真を送ってくれていた。

「…わぁ…!かわいいです」

那月はその写真を眺めて嬉しくて目を細めていた。
すると、那月の携帯に香から電話がかかってきた。

「もしもし」
『もしもし!那月くん?どうだった!?』
「とっても可愛かったです!」
『え?』
「え?」
『…えっと、まだ届いてない?合格通知』
「あっ!そっち!?」
『そっち、って…!ふふっ、なんだと思ってたの?』
「かおりちゃんからのお手紙だと思ってました。そういえば、そっちも届いてました。まだ開けてないです」

那月はそうでした、と笑いながらもう1通の封筒を開けた。

「あっ!合格です!合格してますって!良かったぁ!」
『本当!?良かった!私もね、合格してた!』
「本当ですか!?良かった!これで春から同級生ですね!」
『ね!良かった!嬉しい!』

香はホッとしてベッドにころんと横になって、良かったぁ、と小さく呟いた。

「同じクラスだといいですね」
『そうね!そういえば、今更だけど、那月くんはアイドルコース?だよね?』
「はい。かおりちゃんもでしょ?」
『私は作曲の方だよぉ。アイドルって柄じゃないでしょ?』
「えっ!そうなの!?だって、すごいかわいいのに…」

那月は香からもらった写真を見て驚いていると、電話の向こうの香は「お世辞はいいよぉ!」と笑っていた。

「お世辞なんかじゃないです。とってもかわいいです」
『……あ……あり、がと…ございます…』

香は真っ赤になってしまって頬が熱くなっていくのを手で隠した。

『……あ、あの…えっと…』
「わんちゃんもとってもかわいいです。お名前はなんていうんですか?」
『あ、えっと、うどん』
「うどん」
『…う、うどん…』
「ふふふっ、かわいい名前です。誰がつけたの?」
『私です…』

那月が「かわいいですね」と言ってクスクス笑っているのを聞いて、香は胸がきゅんとしてしまった。
他愛のない話をしばらくしてから、入学式で会えるのを楽しみにしてると言い合って電話を切った。
香は携帯をぎゅっと握って大きくため息をついた。

「はぁ〜……どおしよ……」

胸のドキドキがなかなかおさまらなくて困っている頃、那月も同じようにドキドキする胸の高鳴りを感じていた。
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