長編その2
□体育祭
2ページ/10ページ
突然のことに困惑していたが、スタートラインに立って練習通りに那月の掛け声に合わせて走った。
那月が香に合わせながらもリードしてくれて、一番にゴールテープを切ることが出来た。
「やりましたね!」
そう言って嬉しそうに笑う那月に、香は困惑しながらも笑顔で頷いた。
さっきのはなんだったんだろう。
急に様子が変わってまるで別人のようで…。
そういえば、那月じゃない、砂月だって言ってた…。
香が那月をじっと見つめると、那月は「ん?」といつもの優しい笑顔で首を傾げた。
「どうかした?」
「あ、ううん!那月くん、合わせてくれてありがとう!途中で私躓いちゃったのに」
「大丈夫?痛くしてない?」
「うん」
「良かった」
結んでいた紐を解くと、香はトイレに行ってくると言ってその場を離れた。
辺りを見回し、翔の姿を見つけると香は走って翔に駆け寄った。
「あ、あの!」
「ん?あ、お前、那月の」
「あの、さっきのこと…」
「ああ。驚いたよな。砂月出てくんの初めてだろ?」
翔は香に、那月のメガネが外れるともう1人の人格、砂月が出てくると説明した。
「なんでかとかは知らねえけど、とにかくメガネが外れると人格が変わるんだよ。那月と違って、乱暴っつーか怖いっつーか…だから気をつけろよ。メガネを掛ければすぐ戻るから」
「は、はい…その…砂月、くんっていうのは…那月くんは知ってるんですか?」
「いや、知らねえっぽい」
「そ、うなんですか…」
「あ、わり。俺もう行かねえと。なんかあったら言って」
翔は爽やかにそう言って自分の出場種目に向かって行った。
香はまだ飲み込めないまま、みんなの所に戻った。
みんなと楽しそうに話している那月はいつもの那月で、香はホッとしていた。
心配していた5000メートル走もなんとか走りきり、へとへとになった香と春歌にみんな良く頑張ったと称えてくれた。
「もぉ立てない…」
「あははは!そうだよね!」
「頑張ったな」
「お昼の時間ですね。僕お弁当貰ってきます」
「あ、じゃああたしも行くね」
「お願いします…もぉ、無理…」
香と春歌はもうすっかりくたくたで、音也と真斗の手を借りてお弁当を食べるために敷いたシートまで連れてってもらった。
シートで2人で転がると、音也と真斗は2人にタオルと水を渡してパタパタと扇いであげた。
「途中でリタイアした者もいたが、本当に良く頑張ったな」
「偉いよ〜!本当すごい!」
「春ちゃんが頑張ってたからぁ…諦めらんないってぇ…」
「私もだよぉ…香ちゃんが頑張ってたから〜…」
なんとなく手を握ってお互いを称え合うと、音也と真斗も笑って「頑張ったね」と言ってくれた。
那月と友千香がみんなの分のお弁当を持って戻ってきて、みんなでお昼ご飯を食べた。
「今んとこAクラ勝ってたけど、Sクラとあんまり差がなかった〜」
「あとは借り物競争と騎馬戦と障害物競争にリレーか」
「騎馬戦は僕たちですね!」
「絶対勝とうね!」
「借り物競争はまだいいけど…リレー…出来るかな…」
「ね…足がもうガクガクだもん…」
「大丈夫!俺たちで挽回するから!」
「ああ。Sクラスには負けない!」
「まさやんはあれでしょ?神宮寺さんいるから」
「む」
「レンくん?」
「何かっていうとケンカしてるもんね」
「喧嘩ではない。あいつがつっかかってくるのだ」
「俺もトキヤが走るって言うし、絶対負けられない!」
「トキヤ…あ、一ノ瀬さん?」
「そ!同室なんだ。だから負けたくない!」
「絶対勝ちましょうね!頑張りましょ〜!」
みんなで頑張ろうと言い合って、午後の部が始まる前にトイレに行っておこうと女子3人でトイレに行った。
トイレから出ると借り物競走の出場者が呼び出されて、友千香と春歌は先に行くねと言って走って行った。
香は1人でのんびり手を洗って、髪を結び直した。
「よし!」
髪を整え終わってトイレから出ると、アヤミとサオリが香を呼んだ。
「河嶋さん、ちょっと来て!四ノ宮くんが怪我しちゃって」
「えっ!?」
「こっち!」
アヤミとサオリが走る方へ香もすぐに追いかけてついて行った。
「那月くんが怪我って…」
「こっち!」
どんどんグラウンドから離れていったが香は那月の怪我が心配で疑問にも思わずについて行った。
あまり使われていない倉庫が見えて「あそこの道具を取ってきてって頼まれたんだけどそこで怪我しちゃって」と言う言葉を信じて倉庫の中に入って那月の名前を呼んだ。
「那月くん!」
香が倉庫の奥に進むと、ガタンと音がして急に倉庫の中が暗くなり、振り返るとドアが閉められていった。
「え?」
「あははは!バカじゃない?普通信じる?」
「終わるまでここにいなよ。目障りだから〜」
2人の笑い声とドアが閉まる音が聞こえて、香は急いでドアに向かったが間に合わず、ガチャンと鍵をかける音が聞こえた。
「…や、やだ!ちょっと!ねえ!開けて!」
「いつものおともだちに助けてもらいな〜」
「気づいてもらえるといいけどね〜」
笑い声がどんどん遠くなっていき、香はドアを叩くのをやめて「どうしよう」と呟いた。