長編その2

□夏休みの終わり
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電車に乗ると音也は香にさっきのことだけど、と話した。

「お父さんに俺が施設出身って言ったの、気を使わせちゃったかなぁ」
「え?」
「なんか複雑な顔してたから」
「あ、そういうんじゃなくて。たぶん、私も施設に居たからだと思う」
「えっ!?」

香の言葉に全員が声を上げた。

「あはは、ごめん。言ってなかったんだけど、私養子なんだ」
「そ、そうなの?」
「えー…全然そんな風に見えなかった…」
「生後何ヶ月とかで貰われてったからかなぁ」

全然なんてことない話のように話す香に、みんなも普通の話なのかと思うくらいだった。

「いつ、知ったの?」
「10歳の誕生日に教えてくれた。でもびっくりっていうか、そうなんだーって感じでね。そうなんだーって言ったら笑ってた」
「ショックだとかはなかったのか」
「そのあとじわじわ、ちょっとね。でも学校で色々あって休んでばっかの私にも優しかったし、大事にされてるなって思ったら血の繋がりとか関係ないなって」
「確かに、香本当大事にされてるもんね」

音也はそう言って「良かったね」と笑った。
電車を降りると、香は那月に近づいて「話してなくて、ごめんね」と小さな声で謝った。

「謝るようなことじゃないです」
「…私も、時々養子だってこと忘れちゃってて…」
「かおりちゃんのおうちはたくさん愛が溢れています。素敵な家族だなって初めてお邪魔した時からずっと、そう思ってます」
「ふふ。ほんと?」
「はい。僕もいつか…」

あなたとあんな家族になりたい。
そう言いかけて那月は笑って誤魔化した。

「あ、信号が変わりそうです」

那月はそう言って香の手を引いて走った。
小さな手から伝わる熱を感じながら、いつか伝えられる日が来ることを祈った。
寮に着いてビデオを確認してからみんなで林檎の所へ向かった。
仕事を終えてすぐに来てくれたらしく、いつもよりバッチリメイクの林檎は香の話を聞いて腕を組んでうーんと唸ってしまった。

「それで、これが課題で作った曲です」

香は完成させたROMを林檎に渡し、林檎はそれをイヤホンで聴くと顔を上げた。
そのレベルに驚き、たった数ヶ月でこんなに成長するのかと目を丸くさせた。

「素敵。すごく、いい歌ね」

そう言って笑ったが、すぐに眉毛を下げた。

「でも、残念だけどこのままじゃあなた達が盗作したことになってしまうわね」

林檎の言葉に香はしゅんとして、那月は「なんとか、彼と話す機会を作れないでしょうか」と聞いた。

「作れなくもないけど、あなた達が言う大ごとにしたくない、は難しいわ。もうCDは発売されてしまっているし、作曲の名前を変えるとなると、それだけでも大ごとだもの」
「認めてくれるだけでもいいんです。あの曲は、私の。私達の曲だって」
「うーん……とりあえず、シャイニーに相談してみるわ」

これは預からせてね、と林檎はROMとビデオのデータを鞄にしまった。

「香ちゃん。わかってると思うけど、未発表曲の取り扱いには十分気をつけないとダメよ。今回は課題曲ってだけだったから良かったけど、お仕事だったら大問題よ」
「はい…」
「わかった?」
「はい。気をつけます」

香がしゅんとしていると林檎は香をぎゅっと抱きしめた。

「辛かったわね」
「…林檎先生……」
「…全く!あたしのかわいい生徒にこんな顔させるなんて。林檎ちゃんがガツンと怒ってあげるからね!」

よしよしと髪を撫でて慰めてくれる林檎の手はかわいいネイルで肌もすべすべなのに、大きくて少しゴツゴツしていて、やっぱり男の人なんだなと思いながら、その暖かさにホッとしていた。
林檎に相談出来たことでみんなもホッとしたようで顔を見合わせて笑顔になった。
林檎から連絡が来るまでは勝手に動かないようにと何度も言われ、香達は大人しく寮に戻った。

「みんな、ありがとう。付き合ってくれて」
「りんちゃんがわかってくれて良かったよね!」
「ああ。きっと良い方向に向かうはずだ」
「戦いに行く時もちゃんと着いてくからね!」
「絶対負けません!ねっ!」

みんながそう言ってくれるから、香も頷いて小さく笑った。
それじゃあまた明日、とそれぞれ自室に戻り香はクップルを抱っこして撫でながら今日の話を聞かせた。
そして

「夏休み、あと1週間だけど……どう思う?クップル」
「にゃあ」
「…大丈夫かな。那月くんにまた迷惑かけちゃうけど…」
「にゃ〜」
「……那月くんなら、許してくれるかな」

香はクップルに背中を押されて、携帯を手にして那月に電話をかけた。
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