長編その2

□学園祭の準備
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食事を終えると、音也と那月は控室に行きステージに立つ準備を始めた。
真斗と友千香が香と春歌の所にやってくると、2人はステージの感想を2人に伝えた。
2人の素敵だったところをたくさん伝えたが、もっとサビの入りをゆったりした方が真斗くんの歌声は響くのに、とか、友ちゃんはもう1オクターブ上の方が可愛く歌えるのに、とか余計なことを言いそうになってしまった。
きっと春歌も同じように感じているんだろうと思いながらも、やっぱりそれは今言うべきじゃないのかもしれないと時々口をつぐんだ。
後半のステージが始まると、トップバッターの音也がギターを持って登場した。

「音也くんが弾くの?」
「うん。とってもかっこいいよ」

春歌が自慢げに言うから、香も楽しみ!と言ってステージに視線を向けた。
ギターを弾きながら、まるで太陽のように歌う音也に、香だけでなくその場にいる人の視線を一気に集めた。
本当に楽しそうに歌う音也に、みんな心を掴まれていた。
真斗と友千香は、音也の歌う姿に焦りと嫉妬を感じながらも魅了されていくのがわかった。
アイドルってこういうことなんだ、と思わされていた。
音也が歌い終わると、一瞬静寂が包んだのちに大きな拍手と歓声がステージを包んだ。

「久しぶりに高揚しましたね」
「太陽みたいな子だったな」
「曲もいい。彼に合ってる」
「作曲家は誰?」

ゲスト席が騒ついているのが聞こえると、香と春歌は嬉しそうに顔を見合わせた。
音也の後に発表した生徒は悪くはなかったがどうしても見劣りしてしまい、後半はすっかり音也に持ってかれたような雰囲気だった。
音也以上のものはもう聴けないだろうという空気に、生徒達も飲み込まれてしまいいつもの実力を出せずに終わってしまった子も何人もいた。
ゲスト席も期待する声はもう無くなっている中、最後に那月がステージに立った。
誰も期待していない。
どちらかと言うと可哀想だと思われているこの空気の中、那月はマイクを持って堂々と顔を上げた。
たくさんいる生徒の中で、那月はすぐに香の姿を見つけると笑顔を見せた。
そして曲が始まるとその優しい柔らかい笑顔がガラッと変わり、その瞬間その場にいる人の視線は那月から離せなくなった。
音也とは全く違う、明るく照らす太陽とは真逆の、静かに、だけど力強く心を掴む月のようだった。
香は那月の言葉を思い出していた。

『かおりちゃんの曲は僕が一番輝かせることができます』

那月の言う通りだった。
自分の曲が何倍にも素敵な曲になって返ってきている。
それが、すごく嬉しくてすごく幸せだった。
歌が終わると、会場は静寂に包まれた。
音也の時よりも少しそれが長かったが、香がパチパチと拍手をすると周りもはっとしたように拍手を始めた。
那月がステージの上から嬉しそうに眺めていると、ゲスト席に座っていた人達が立ち上がり大きく拍手をした。
那月は恥ずかしそうに笑って、ぺこりと頭を下げてステージを降りた。

「最初と最後にすごいのがきましたね」
「四ノ宮那月…どこかで聞いたことあるような…」
「彼はヴィオラで大きな賞をいくつかとってますね」
「作曲もいいですね」

ゲスト席で盛り上がっていると、早乙女が登場し締めの挨拶をして発表会は終了した。
香は春歌と一緒に控室に急いで向かい、着替えて出てきた那月と音也に駆け寄った。

「お疲れ様でした!」
「とっても素敵でした!」

2人は顔を見合わせて、嬉しそうに笑った。

「ありがとうございます」
「ありがとう!すっごく楽しかった!ね!」
「はい。初めてのステージはとっても気持ち良かったです」
「わかる!気持ち良かった!みんなの顔がさ驚いた顔でさ」

音也と那月が興奮気味に話しているのを春歌と香も嬉しそうに聞いて、うんうんと頷いていた。
4人がテンション高く教室に戻ると、先に戻っていた前半組の生徒の視線が一斉に向けられた後すぐに顔を背けられ、しん、と張り詰めた空気になった。
真斗と友千香は音也と那月に「お疲れ」と笑って手はあげてくれたものの、その笑顔は固く引き攣っていた。
その空気の中、場違いとも思えるテンションで入ってきたのは林檎だった。

「はーい!みんなお疲れ様!素敵だったわよ!頑張ったわね!」

林檎のテンションでも教室の空気は変わらず、ずっしりと重たく張り詰めていた。
林檎は仕方ないと思いながら教室を見回した。
すっかり気落ちしてしまった生徒、悔しそうに唇を噛み締めている生徒、涙を流している生徒、次こそはと目をギラつかせている生徒。

「もっとこうすればよかった、ああすればよかったって思うのはいいことよ。次に活かして、どんどん成長してちょうだい。まだまだこれから」

林檎の言葉がどれだけの生徒に響いたかはわからなかったが、林檎は1人1人に講評を伝えていった。
各クラスの担任とゲストからの講評を貰って今日の授業は終わった。
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