Weekness , Strength
□『簡単に終わる仕事なんてない』
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――― side 🐹
「ユンギヤー、調子どう?」
「絶好調に決まってるじゃないですか」
「………あ、そ」
ユンギの相棒とも呼べる電子機器が所狭しと並ぶ彼の仕事部屋。
事前情報としても今回の仕事は難易度高めとは思っていた。
それもあってサポートしに来たのだが…やはり。
この部屋の主は自分で「絶好調」と呼ぶぐらいには虫の居所が悪い、つまり進み具合はイマイチなのだろう。
その分かりやすさも自分に対する距離感の近さ故だと、それだけ信頼されていると思うと可愛く思えてくるから不思議だ。
まぁ、そんな事をユンギ本人に言えばコテンパンに論破されるので言わないでおく。
それに今―――そんな時間はない。
「ユンギヤ、状況は」
「この会場に現れるのは確実。でも時間が分からん…その本人が現れるかどうかも不明、もしかしたら代理の可能性も」
「代理だと意味ないねー。それさえ分かれば後はジミニが……少し厳しいか」
「流石に危なすぎ」
ジミニと繋がる専用インカムがまだ机上に静かに鎮座する。
それを横目で見ながら「確かに…」と自分の心境だけでポツリ零す。
ジミニの潜入スキルは信頼している。
これまでの実績もあるし、ジミニの性格故に仕事に真摯に向き合ってるのも分かってるから。
とはいえ。
今回の仕事は事前情報の時点で中途半端なネタしか手元になかったというのに。
ユンギが調べつくした現時点でもそのネタは少しだけマシになった程度で、それを元に行動するのは少々…いや、かなり危ない。
それを分かった上でジミニにやらせるのは…僕も反対だし、ユンギも反対だろう。
だが。
そのジミニは逆境が大好物だったりするから厄介だ。
「ユンギヤ、ジミニって今回の仕事内容どこまで知ってんの?」
「スタートは一緒に聞いてたので…ぶっちゃけほぼ似たようなものかと」
「ジミニが聞いたら燃えるヤツじゃーん」
思わず頭を抱えると…ユンギも猫背だった背中を背凭れに預けて天井を仰ぎ見ながら掌で表情を覆い隠してしまう。
「こんなに情報隠すなんてありえないんですけど」
「天下のユンギもお手上げ案件とは」
「うわ、やっぱ腹立つ………ぜってー情報掴んでやる」
あ、ユンギにも火がついた。
ユンギにバレないよう、ひっそりとため息をつく。
なんでどうして。
こうもウチの幹部は負けず嫌いしかいないんだろうか。
*******
――― side 🐤
仕事はとてもやりがいがある程、燃えたりするってあると思う。
やる気に満ち溢れたり、普段以上の力を発揮したり。
逆境なんてものは特にいいスパイスになる。
な〜る〜け〜ど〜。
「ジニヒョン…」
「そろそろ敵地だよ」
「ジナ、聞いてもいい?」
「何?」
「なんで………僕、この格好なの?」
黒いピンヒールにアンクレットが歩くたびに繊細な光を放つ。
タイトラインから広がる黒のマーメイドロングドレスは横がスリットになっていて歩きやすく動きやすい。
細かい刺繍のレースが入った幅広のストールを肩を隠すように羽織れば―――
明るいロイヤルミルクティ色が美しい、ふんわりとカールがかった鎖骨下までの髪。
ぷっくりと色づく赤い唇、歩く度に揺れ光るチェーンロングピアス。
くりくりとした瞳、その下まぶたにはポイントとなるような赤い宝石がまるで涙のように。
美しさの中に可愛さと小悪魔さを潜ませた―――僕が車のバックミラーに映りこんでいた。
「僕が聞いた時は女装するとか聞いてないんだけど」
「うん、予定してなかったね」
「いつの間にこうなったの!?」
「ジミニヒョン…いや、ヌナうるさいですよ」
「グガは黙って運転してろー!!」
いかにもお金持ちお抱え…品の良い運転手、という姿のジョングギに思わず八つ当たりしても許されると思う。
バックミラーに映るジョングギがやれやれ、というかのように肩をすくめておどけてみせた。
「ヤー、でも可愛いよ?」
「可愛いのは当たり前です、僕ですから」
「ならいいだろ〜」
「よくはないでしょ、よくは!」
隣に座るジニヒョンのネクタイをむんずと掴んで引っ張ればギブだと伝えるように僕の背中を撫でる。
「それをいうなら、僕だってジミニと一緒に潜入する予定なかったんだけど」
「その割には服装整って髪型ビシッと決まってるじゃないですか!」
「そりゃ…ボスの手回しは流石だよ」
「……認めます」
本当は。
この仕事は事前情報の時点で殆ど不明な事ばかり…むしろ分かる事を数えた方が早いぐらいだった。
それに対して決まったのは、僕が潜入する事とユンギヒョンが情報を集めるという事ぐらい。
僕が担当している仕事自体が潜入なんだから、それはいつもの事。
ユンギヒョンが担当している仕事も情報収集なんだから、それもいつもの事。
なのに。
新たに分かった情報はほんの少しだけ。
きっちりと秘匿された情報を入手するのは難しかった。
かなりユンギヒョンが怒り心頭で今も情報収集してる辺り、かなりプライドは傷ついたんだと思う。
「だからってなんで僕がまた女装…」
「前はなんだっけ…その時も僕がジミニの恋人だった気がする」
「アレですよ、潜入というか僕らカップルに声をかけさせてってヤツ…」
「あー、アレか…」
幹部内でも、というよりファミリー内でも女装できるスキルを持つのは僕くらい。
小さな仕事ならば部下にいる女に任せるけど。
流石に大きな仕事になればなるほど、僕の出番は増えていく。
それはいい。
任されるのは光栄なことだ。
でも!
だからって女装したいわけじゃねー!!
「ジミニ、化粧崩れるから…急遽決まった事だし、ここは腹を括って…」
「仕事だし、そこはきちんとやりますよ。ただ…」
「ただ?」
「何かが解せない」
「解る」
*******
――― side 🐭
パソコンのタイピング音が喧しい。
煩いと叫んでしまいそうなぐらいだが、実は一番そう思っているのはそのタイピング音の発生源である俺だったりする。
どれだけキーボードを叩いても欲しい情報が出てこない。
この状態では…あのバカのサポートは出来ない。
それはそれでムカつく。
アイツに「すまん、情報は分からなかった」というのはとてつもなく嫌だ。
とはいえ、現実は悲しいことに変わらない。
それすらも腹立つ。
「ユンギヒョーン」
「ホソガ、どうした?」
さっきまで俺のサポートでいたジニヒョンがジミニのサポートに回ることになり、急遽駆り出されてきたホソギ。
専門は治療といった医学だけど、スナイパーでもあるホソギに情報収集をさせることになるとは…かなり俺って追い詰められてるのかもしれない。
「これなんですけど…なんか、見覚えあるなって」
「……確かにあるな」
ホソギが出してきた映像には解像度こそ悪いが、今日の目的である人物と一緒に映り込んだソイツには見覚えがあった。
「……コイツから探るか」
「何処で見たんでしたっけ……」
記憶を呼び起こすのは簡単ではない。
サクッと呼び出せる記憶ならば苦労なんてしない。
しかも映像が荒すぎる…。
「誰が持ってきた映像か調べてくれ」
「はい………………これ、テヒョンイです」
「……は?」