Series 2

□Wonderful world 2
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走っても走っても逃げきれない。



何から逃げているか分からないけど、振り返ることは恐くて出来なかった。






この道を選んだのは自分で、走り出したのも自分なのに。

今さらになって逃げ出したいなんて。









真っ暗中、泥沼にはまってるよう足が上手く動かないのがもどかしい。

それでも新たな道を探して前へ進む。


「はぁっ…はぁっ…」


次第に足元が沼に埋もれていく。

腰まで浸かって、身動きができなくなる。







恐い。

何も見えない。

動けない。

息が、出来ない。













助けて。











沼に沈む寸前、一筋の光が蜘蛛の糸のように降りてきて、思わずすがるように手を伸ばしていた。









【wonderful world】














「………ぅ」


頭が痛い。


重たい瞼を開けると真っ白い天井が目に入った。




ゆっくりと頭を巡らせる。
たったそれだなのに首やら肩やらが軋んだ。

視界が狭いと感じたのは目の下に白い布があるせいみたいだ。






ここは…どこだ。

オレは一体。






カタン



物音のした方へのろのろと顔を傾ける。


「………生きてたか」


一瞬、そこにライオンがいるのかと思った。





瞬きをすると幻は消え、代わりに見覚えのない男が立っていた。

背中までの金髪をボサボサに広げた、大柄な男。
白のワイシャツにネクタイはせず、黒のズボンを履いている。


ただ、声にはどこかで聞いたような響きを持っていて。





男が近付いてくるのを目で追っていると、オレの枕元にあるボタンに手を伸ばした。


「…医者、呼んだだけだ」


じっ、と見ていたのに気付いたのだろう。

パイプ椅子を引き摺ってオレの横に座った。


「…こ……っげほ、げほ!」


声を出そうとしたが喉がひきつって咳き込んでしまった。

すると口元に水差しが添えられ、傾けられるままに温い水を嚥下した。


「は…」

「まだ飲むか?」


青い瞳が見下ろしている。

微かに首を縦に振ると、ペットボトルから水を移して、また飲ませてくれた。




喉が潤ってもう一度声を出そうとすると、先ほどのような引っ掛かりはなくなった。


「ここは…」


思ったよりも声量はなく、絞り出すような小さな声だったけど男には届いたらしい。


男が口を開こうとした時、部屋の扉が開いた。


「目を覚ましたの?」


目だけでそちらを向くと、今度は黒髪をストレートにした白衣の男が入ってきた。

オレと目が合うと垂れた目を細めて顔を覗き込んでくる。


「気分はどう?顔色が戻ってきたね」

「………だれ」


状況が今一把握出来ず、二人の男を交互に見て呟いた。


「さっき目覚めたばっかだ。記憶がはっきりしないんだろう」

「そう。あのね、君は昨夜こいつに担がれてここの病院にやってきた。あちこちに打撲や傷が見えたから手当てをさせてもらったんだ」


昨夜…傷。



その瞬間、急速に思い出して体を起こそうとした。

が。


「う゛っ!」


腕と脇腹に酷い痛みが襲ってすぐに後ろへと倒れた。


「まだ動ける体じゃないよ」


脂汗の滲んだ額をそっとハンカチで撫でられて睨み上げる。


「…あ…あんた、たちは…」


乱れたシーツを肩まで掛け直され、痛みに顔を歪めながら訊ねると、また人の良さそうな笑みを向けてきた。


「私は医者だよ。とりあえず、君の敵ではない。もちろん」


金髪の男の肩を叩いて


「こいつもね」


見たところ、あいつらの仲間ではなさそうだ。


安堵したのも束の間、では一体何者なのかと警戒心を露にして睨む。


「あはは。毛を逆立てた猫みたい。ほら、警戒されてるよ」

「お前がだろ」


黒髪の男が金髪の男にからかうように話しかけ、低い声で一言だけ呟いた。


その声が心地良く耳に響く。


どこかで聞いたような。










「まぁとにかく、君は傷が癒えていない。風邪を引いたらしく熱も出ている。よって、もうしばらくここでおとなしくしていなさい」


そう言うと白衣を翻して「悪いけどもう行くね。回診抜けて来ちゃったから」と黒髪の男が部屋から出ていった。

途端に部屋の中が静まり返る。


痛む腕で体を支えて身を起こす。


「…まだ寝てろよ」


男がそう言うのを無視してベッドから降りようとしたが、地に足を着けた瞬間力が入らなくそのまま音を立てて倒れてしまった。


「っおい」


足首も痛んで言うことを効かない。

倒れた拍子に打った手も膝も痛い。


頭がくらくらと揺れている。





身動きできずにいると脇の下から掬い上げるように男に持ち上げられた。


「じっとしてろ」

「…離せ」


こんなところにいては、あいつらに見付かってしまうかもしれない。
それに見ず知らずの人間の世話になるわけにはいかない。
後で何を請求されるかわかったもんじゃないから。







男の腕から逃れようと身を捩るも軋んで上手くいかない。

対した抵抗にもならず、易々とベッドに下ろされた。


「何がしてぇんだ」

「……関係ない、っ…だろ」


掛けられたシーツを払ってまた体を起こそうとする。

先ほどより腕が震えて上手く体が支えられず、力を入れれば入れる程痛みが身を刺すようだ。


「そんな体で…どこに行こうってんだ」

「………」

「…ここは安全だ。お前に危害加える奴はいない。だから…」


大きな手がこちらに近付く。


殴られるのかと思わず身を強張らせると、その手はオレの頭に乗せられた。


「もう少し、寝てろ」


大きな手は、キツいタバコの臭いと知らない温もりを伝えた。


不思議と体の強張りは解ける。













色々と限界だったらしいオレの意識は、意思に反してすぐに遠退いていった。





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