Series 2

□戦の風になって 第二章
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「この風はまさか!」

「たっ退避ー!」


相手が逃げる先の柱を倒して逃げ道を断つ。

追い詰めて追い詰めて、逃げられないという恐怖を最大限に与えてから、刻み殺す。


返り血は一切浴びない。
手も汚さない。














「は〜、相変わらず惨いな〜。千切りみてぇ」


金の長い髪を獅子のように広げて近付いてきたのは、オレの上司。


「惨いも何も、殺してる時点で十分惨いでしょ」


ケラケラと笑って返し、背後でした物音に振り返らず風を起こした。

途端に「ぎゃ!」という短い悲鳴が聞こえる。


「危ない危ない、一匹逃すとこだった」


悲鳴の上がった瓦礫へと足を向けてそこを覗きこむと、肩から腹部まで切口の入った敵兵が這いつくばって、残る力を振り絞って逃げようとしていた。

放っておいても数分で死んでしまうというのに、腰のホルダーへ手を伸ばして銃を取り出し、頭に一発打ち込んだ。


べしゃ、と音を立てて死んだ敵兵を見下ろす。


「そいつで終りか?」

「あ、はい。ニオイがしないんで全滅完了ですね」

「よしっ、とっとと戻って飲みに行くぞ。おごってやる」

「おごるって…隊長の金じゃないっすよね」

「うるせぇ。ガンマ団のもんは俺のもんだ」







そう。


オレは結局ガンマ団にいる。











あの任務から、頭の中で一部の感情が消えた。


正確に言えば、元通りに戻ったのだろう。

オレは完全なる殺し屋に戻ったのだ。







雇い主はしばらくオレの配属先を決めあぐねていたようだが、数日経って新設された特殊部隊に入るよう通達がきた。


風を操る特殊な力を使って戦闘に立ち、全滅するのが目標の部隊らしい。









正直、何でもよかった。



その新しい上司が雇い主の実弟と聞いても、もう何も感じない。

そうやって何も感じないでいれば、傷付かなくてすむから。



自己を守るための、弱虫が用意した言い訳に浸りつつ、特殊部隊入りを受け入れた。













充てられた部屋はガンマ団本部の上層階。


幹部連中の部屋がある階のうち、オレの部屋のフロアには新しい上司の他に誰もいないという。



上司の部屋に挨拶に行けと言われ、一際でかい観音開きのドアをノックする。

しかし人の気配があるにも関わらず、待ってみても出てくる気配がなかったので「入ります」と一言告げて入ってみた。



が。




そこはとんでもない空間になっていた。

おびただしい酒瓶と空き缶、つまみの袋が中身の残ったまま散乱し、床には無数の馬券が落ちていた。

転がる空き缶を避けつつ、大きなテレビの前のソファに人の頭を見付けて近付く。


「あの」


テレビ画面にはど迫力の競馬中継が流れている。
何頭かの馬が小競り合いながらゴールした瞬間。


「ぐぁーっっ!!」


でかい声を上げて立ち上がった。


「ちくしょー!また負けた!」


どうやら賭けていた馬が負けたようだが……この人は…。


「あの!」

「あぁ?」


振り返り様もの凄い形相で睨まれてしまった。

いささかビビりつつ敬礼する。


「本日より特殊戦闘部隊に配属されたロッドです」

「あー…あぁ。そういや今日からだって兄貴が言ってたか」


ポリポリと頬を掻いて、オレの横をすり抜けてこれまた大きな机の上を物色し始めた。

色んな書類やら物が置かれて散らかった机から紙を一枚引っ張りだし、それを眺めてから近寄ってきた。


「『掃除屋』」


その呼び名に一瞬心臓が跳ねた。


「風使いか。ふぅん」


オレのことを下から上へと値踏みするように見てくる視線が痛かった。



この人の目も、何やら畏怖を抱かせる。



平静を装いつつも、相手の出方を待った。


「…そう構えんなや。別に取って喰おうってわけじゃねぇんだから」


背を向けて今持っていた紙を机に放り、何かをこちらに投げてきた。


「通信機。ちょっと特別なやつで無線機としても使える。これを常に身につけておけ。24時間俺と連絡とれるようにするんだ」

「…プライバシーゼロですか」

「いんや、任務以外は自由だぜ。ま、そのうち分かるさ」


金の長い髪をボサボサに広げ、だらしなく開いてよれたシャツを着た男が手を差し伸ばす。


「特殊戦闘部隊隊長、ハーレムだ」


一瞬赤いスーツ姿がダブったが、固く握られた手はとても熱くて。





深い闇から引き上げるように、力強い掌。














「よろしくな」


そう言ってこの上司はにか、と笑った。






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