短篇小説
□魂のカケラ
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…3年前…
全ての事に対して、なんの気力も出ない、そんな頃だった…
声をかけてきたのは“アイツ”の方からだった。
「あのう… すいません……」
深夜二時過ぎ、切れた煙草を買うためにコンビニへの暗い道を歩いていると、そう声をかけられたんだ。
外灯も無く、暗くて狭い路地──声がなければそこに人がいる事すら気付かずに通り過ぎていたはずだ。
振り向いて暗闇に目を凝らすと、電柱の陰に、塀に背をもたれるように蹲る女性の姿があった。
こんな時間に、こんな場所で、しかも見ればまだ若い女──
不審に思いながらも、気付いてしまったからには知らぬ振りも出来ず、オレは彼女の方に近付いて言った。
「なにか?」
端から見れば冷たいヤツだとか思われるだろうが、事実厄介なことには関わり合いたくはないと言うのが本心だった。
それでも、このオレがどんなヤツなのかを知ってか知らずか、彼女はオレに助けを求めてきた。
「救けて…」
か細い声…
ストーカーか何かに追われてでもいるのだろうか?
やはり厄介事か…
うんざりした気分になってしまう。
出来る事ならこのまま立ち去ってしまいたい…
しかし、それが出来ない自分がいる…
矛盾している…
怪我をしているのか?
ただ恐怖で蹲っているだけなのか?
そんな風に、彼女を気遣っている自分自身に、正直驚き、戸惑ってさえいた。
とりあえず、明るい所へ連れて行こう…
この路地を出た先の大通りには、コンビニやファミレスが建ちならび、更にその先にある駅前には交番もある。
場合によっては警察に後を任せて、煙草を買ってさっさと帰ればいい。
オレは彼女を抱え起こし、肩を貸して歩き出した……
彼女の身体からはすっかり力が抜けきっていた。オレが肩を貸してやっと立ち上がる事が出来た。
完全に身体をオレに預けている。
鼓動の早さが振動として伝わってくる
間近に見る彼女の表情は、今の状況を物語っているようだった。
何かから解放されたかのような、安堵感…
それほど怖い目にあったのだろうか?
その時のオレは、完全にそう思い込んでいた…
大通りに出てすぐにある、すでに閉まっている商店の店先にあるベンチを見付け、そこに彼女を座らせた。
「ありがとう……」
──ございます……そこまで言いたそうだったが、言葉が続けて声にならないようだった。
座ってしばらくは背もたれに体を預けていたが、それすらも辛かったのか、上半身を横にした。
明るい所で見れば、衣服の破れはなく、汚れてもいない。膝丈のスカートから出てる脚にも、手にも顔にも、素肌の見える部分の何処にも怪我らしきものは見られない。
彼女はいったい何に怯えていたのだろうか?
さっきまでは見るからに激しく乱れていた呼吸も徐々に治まっていく。
とりあえず、少しは落ち着いてきてはいるようだ。
コンビニで水でも買ってくるか…
そう思ってその場を離れようとすると、ジャケットの裾が弱い力で引っ張られた。
あまりにも弱い力…
それが、オレを頼っている……
なぜ、オレなんだ…?
そう思いながらも、オレにはその弱い力を振り切る事ができなかった。
「なにか飲むといい」
彼女を見守りながら、店先の自販機で清涼飲料水を買う。
彼女の背を支え起こし、プルタブを開けた缶を口元に持っていく。
「自分で飲めるか?」
まだ力の抜けている彼女の両手に缶を持たせてみるが、オレが手を添えなければ今にも落としてしまいそうだった。
オレはこんなにも優しい男だったのだろうか?
気付けば、彼女が不思議そうにこちらを見ている。
知らないうちにオレの顔に笑みがもれていたようだ。
「いや… なんでもない……」
ワケの分からない言い訳をしていた。
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