短篇小説
□魂のカケラ
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…2年前…
それから、部屋に転がり込んできた“アイツ”との同居が始まった。
“アイツ”の名前は『ユカ』と言った。
オレが知ってるのはそれだけだ。
それ以外の素性なんて何も知らない。何も聞きはしなかった。
“アイツ”もオレの事は名前くらいしか知らないはずだ。お互いそれ以外の事に興味はなかったのか、知る必要もなかったのか…
それでも、二人の生活にはなんの不都合もなかった。
オレが仕事から帰って来ると、“アイツ”は飯を用意して待っていてくれた。
もちろん、オレがそうしてくれと頼んだワケではない。“アイツ”が勝手にやっていた事だ。
だが、それはそれでありがたかった。
そんな生活を望んでいたワケではないが、“アイツ”の存在がオレを和ませてくれた。
恋愛感情はまったくと言っていいほどなかった。オレにも、多分“アイツ”にも…
家族でもなく、友達でもなく、恋人でもなく…
そんな不思議な関係…
でも、お互いになくてはならない存在になっていた……
少なくとも、オレにはそう思えていたんだ…
“アイツ”の無邪気な笑顔が、オレを癒してくれていた…
だが──
なんの前ぶれもなく…
なんの言葉もなく…
突然、“アイツ”はオレの前から姿を消した…
“アイツ”との出会いから、一ヶ月がたとうとしていた頃だった…
いつものように仕事から帰って来ると、食卓には暖かなご馳走が並んでいた。
ただいつもと違ったのは“アイツ”の姿が無かった事だった。
どこかへ買い物にでも行っているのだろうか…
そう思い、“アイツ”が帰って来るのをしばらく待っていた。
朝、いつもと変わらずに見送ってくれたのが、最後に見た“アイツ”の姿だった…
そうだ…
フラリとやって来た“アイツ”だから、居なくなる時もフラリと去って行く……
ただ、それだけの事…
それだけだ…
元々、オレの日常の中には存在していなかった女だ……
そう…
元に戻っただけだ…
出会う前の生活に、戻っただけなんだ…
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