短篇小説
□魂のカケラ
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オレの中にわずかに残っていた“アイツ”との記憶が薄まり、消え去りかけていた頃、思いもかけない一人の女が目の前に現れた。
それが、丁度二年前の事だった。
アパートに帰ると、部屋の前にその女がいた。
「ユカ……?」
最初はそう思った。
姿形は紛れもなく“アイツ”そのもの…
「──じゃ、ないのか……?」
だが、“アイツ”でないことはすぐに解った。
なぜ違うと気付いたのかは、オレ自身にも分からない。
彼女はユカの双子の妹のユミと名乗った。
そうだ…
“アイツ”にも家族──共に暮らす親や兄弟姉妹がいたんだ…
そんな事に今更ながら気付く自分がいた。
「姉が、お世話になったそうで……」
ユミはオレに礼を言って頭を下げた。
「世話…? 世話なんてしたつもりはないんだがな……」
そう……ただ、一ヶ月という短くも、長くもある時間を──同じ時間を共有しただけだ…
「それを言いに…?」
それだけの為に、一年近く経っているというのに、ユミはオレの所までやって来たのだろうか?
「ユカは、元気でやってるか?」
ただ、繋ぎに発しただけの、オレにしては何気ない言葉のつもりだったはずだ…
それが、思いもかけない台詞をユミから引き出す羽目になった。
「姉は……亡くなりました……」
「死んだ……?」
思いもかけない言葉──なのに、なんの衝撃もなかった…
空っぽのオレの心には哀しみすら沸き起こりはしなかった。
たった一ヶ月…
同じ時間を共有しただけだの女…
オレの記憶の中を通り過ぎて行っただけの女…
愛情も、友情も、何もなかった女…
なのに……
空っぽだったはずのオレの心の中に、何かの感情が沸き起こってきている事に気付いた…
それがなんなのかまでは分からなかったが…
ユカが死んだのは八ヶ月前──オレの前から姿を消した、三ヶ月後だと言う。
「私たち姉妹は、幼い頃から体が弱くて……」
ユミが事情を語り始めていた。
「わたしは心臓を患ってずっと入院生活でした。姉はわたしに比べたら少しはマシだったので、体が弱い事を除けば、普通の暮らしもできたはずでした……」
だが、ユカの病が再発したらしい…
「姉は、自分の命がそう長くはない事を知っていました」
それは、オレと出会う直前の事…
「姉は病院を抜け出してしまい……」
“アイツ”が逃げたかったのは、暴漢やストーカーからではなく、自分自身の、そんな運命からだったのだろう。
「でも、姉が病院を抜け出した理由はそれだけではありませんでした」
そう言って、ユミは一通の封筒をオレに差し出した。
「これは……?」
「姉の…遺書でした」
「遺書……」
封筒の中には一枚の便箋が丁寧に折り畳まれて入っていた。
開いて見ると、日付けがあった。
オレと出会った日のものだった。
「どういう…事だ?」
「姉は、わたしの為に死のうとしていました…」
ユカは自分の命と妹の心臓が長くはもたない事を知り、自らの心臓を妹に移植するように、その遺書に書き残していた。
「でも、死ぬに死ねなかったんだと思います」
そんな時に、オレと出会ったと…
「父が興信所を使って、姉があなたの所に居る事を知り、病院に連れ戻しました」
再び、“アイツ”は自分の運命に引き戻されたというのか…
「入院していた二ヶ月間、姉は毎日日記をつけていました…」
ユミに手渡されたユカの日記…
中を開くと、そこにはオレがいた…
オレと出会った時の事、共に過ごした一ヶ月間のなんでもない、他愛もない思い出…
そして、全てのページに必ず出てくる言葉があった……
『会いたい』
と……
なぜ、オレなんだ…?
「そして姉は、また病院を抜け出しました…」
「抜け出した…?」
「そのまま、姉は……交通事故に遇って……」
「事故? 病気で死んだんじゃないのか…?」
ユミの教えてくれたユカの事故現場は、ここからすぐ近くだった。
「まさか……」
「姉は、あなたに会いたいがために病院を抜け出して……」
なぜ、オレなんだ…?
なぜ……
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