short novels

□すまない
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泣き止むと、殿が暖かい声を浴びせてきた。

「…落ち着いたか」

私はその一言で急に恥ずかしくなり、殿の側から飛び退いて、床になすりつけるかのように頭を下げた。

「も、申し訳ありません…女中という身でありながら、何というご無礼を…!」

「頭を垂れるな」

殿は私の腕を掴んで頭を上げさせる。
今更だが、泣き崩れた顔を上げるのは酷く恥ずかしい。
私は必死に着物の袖で顔を隠した。

「…良いか。私を殺したくなったら構わず殺せ。女中なら隙を狙える」

「…そ、そんな…」

私が驚いて弱々しく答えると、殿は微かに笑った。

「さっきまでの威勢はどうした」

それから私の髪を撫でた。

「私は生きる。この城のお前たちの為に。だが…そのお前が私を殺したいのなら、私など必要なかろう」

ああ、そうだ。
全て知っていたこと。
この殿の首が飛べば私たちも死ぬより他ないのだ。
殿の無傷こそ何よりの悦び。私たちの平凡な生活の証。



「…申し訳」
「謝るな」

私はきっと、何度も何度も詫びなければならないのだろう。
だが、殿がそれを許さない。

「…お前の大事な者を奪ったのだ。お前の言葉など罪のうちに入らぬ」

そして、また一言。



「すまなかった」



そう言って、踵を返した。
私はあの人の形見を握り締め、殿の背中に叫んだ。

「…約束してください…っ!あの人の分も…生きると…!」

殿は足を止め、少しだけこちらを振り返って答えた。

「…いいだろう」

それから、また歩き出した。
私は、拭いきれない気持ちを込めたまま頭を下げた。



―ありがとうございます、と。









=END=
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