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□もう自由なんて要らない
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貴方は私を飼うと言った。十年前だった。
幼い私はその意味も知らずただ貴方の側から離れることなく生きてきた。

なのに、





「ああ、そうだね。また明後日、君の家に迎えに行くよ」



御主人様、そう呼べと言った貴方は最近私に声をかけることも少なくなった。
私は貴方の与えてくれた部屋から屋敷を出て行く女を見下ろしていた。
貴方は女について何も話さなかった。だから私も何も聞かなかった。
私は絶対の存在だと思っていたから。



「美仁乃」

貴方がくれた名前。
ノックもなしにドアを開けた貴方は真剣な眼差しでこちらを見ていた。

「大事な話があるんだ」

貴方はベッドに腰掛けた。
毎夜私を抱いていたはずのベッド。軋む音が頭の奥に響く。
私が擦り寄ろうとすると、貴方は首を振り、手で私を制した。

「…もういい。いいんだ。」

私はただ首を傾げた。
私の肌が、貴方をずっと欲していたというのに。
貴方は冷たく重たい声で言い放った。



「君を、開放しよう」



学のない私にもその口調から何となく意味は伝わった。
私はもう、貴方のものではなくなるということ。



「君はもう自由だ。ここから出て行っていいんだよ」

貴方は淡々と語った。その言葉にはもう愛だの優しさだのなんて、微塵も感じられなかった。
涙なんて、出るはずもない。
私は拳を握り締め、ベッドに座ったままの貴方へと駆け寄った。

「…っ、何を…!」

貴方は絞り出すような声を上げた。
私は貴方をベッドに押し倒し両の手でその首を力一杯締め付けたのだ。
突然のことに、貴方は抵抗も忘れてただ縋るような目で私を見た。
初めて見る目だ。
貴方はあの女に会えば笑顔を向けたし、別れるときは悲しそうな表情で手を振っていたから。

でも、

その笑っている姿も、悲しんでいる姿も、手に入らないと言うのなら。



「…ぐっ…はな、せ…!」



苦しんでいる姿なら、手に入る?



「痛いでしょう御主人様」

自分でも驚く程冷静な声だった。

「苦しんで、私をどうか恨んで下さいまし。この痛みごと私のことを刻み、忘れてしまいませんように」

貴方は声すら出さなくなった。まさに虫の息といえる程度の呼吸音だけが口元から洩れている。
意識を手放さないうちに、私は続けた。

「そして私を呪って下さいまし。永遠に私のことだけを考えていて下さいますように」

そう言ってもう一度手に重い力を込めると、貴方の全身の力が一気に抜けたのがわかった。
私はゆっくりと手を離し、真っ赤になった貴方の首元を見つめた。
飛び乗ったままに跨がった貴方の全身から、まだ私の求めていた温もりが肌に吸い付くように伝わってくる。
ただ、もう私を愛してはくれないのだ。

開放してくれだなんて、ただの一度も頼んだことはなかった。
貴方の側が幸せだと、そしてその場所は永遠に私のものだと、信じていたのに。

もし貴方がくれると言っても…
そこに貴方がいないのなら、私は





「…もう自由なんて要らない」





【The end】
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