special
□幸せの距離
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太陽も東にすっかり顔を出した冬の朝早く、通行途中の二人の男女がものすごい形相で自転車をこいでいた。
二人は前に後ろに入れ替わりながらも、ほぼ併走しているような不自然な状況だった。言ってしまえば、通行の邪魔である。
「ウザイなぁ!ついてこないでよ!」
「どっちがだよ!お前女なんだから普通俺より遅いだろ!」
「あんたが足遅いんだから私より遅くて普通なの!」
目を疑うスピードに加えてこの口論、はっきり言って二人とも常人には遅いとは言えない。時間としては現在八時程度で、これが遅刻しそうとも思えない。
どうやら、どちらともただの負けず嫌いのようで。
見てる側としては目の前の信号すら止まらないんじゃないかと余計な不安を抱かされた。
しかし、さすがに止まらないわけもなく、二人は息を荒げて急停止した。
「…マジうざい」
「うざいうざうってお前もうざいし」
千穂の一歩後ろで停止した駿は眉をしかめてそう放ち、ため息を漏らしながら右へ方向転換して、同じく眉をしかめる千穂の前を通りすぎた。
千穂は駿の意外な行動にただ唖然とした。
「駿?」
千穂は呼び掛けたが、マフラーが風の波に乗っただけで、駿の声はなかった。
千穂はこの辺りの地理をあまり知らない。駿はもう学校をサボるつもりなのかとすら思った。
そんなことするはずがないのだけれど。
「駿!」
もう一度呼び掛けてもやはり返事はなく、信号は青に変わり、千穂は仕方なくノロノロと走り出した。
結局千穂はその後駿に会うことなしに学校の門をくぐった。
駿とクラスの違う千穂は、ただただ駿の影を探した。
こんなことは今までなかった。千穂は不安に駆られた。自分のせいで、駿を怒らせてしまったのだ。自分のせいで…。
「千穂!」
教室に入る直前、歩み寄ってきて肩を叩いたのは同じクラスの由利だった。
「あ、おはよう由利」
「おはよ!千穂元気ないね?」
「そう?」
「うん、何となくね」
ため息の多い千穂を見れば誰でもそう思っただろう。千穂は席についてからも頬杖をついて外を眺めるか、うつ伏せになるかを繰り返すばかりだった。
休み時間の間に駿のクラスへ確かめに行けばいいものを、気を悪くさせた手前、それも千穂には難しかった。