special
□ヒーロー
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「はぁ〜あ、また失敗かぁ…」
小さな小さなポール村から更に西へ1キロメートルほど、何やらため息をつく陰気な少年が一人。
「そろそろ本当に師匠に見放されちゃうよ…」
細いと言うより平たい体は、崩れるように地面に転がった。
空が遠い。
理想と現実との距離も、きっとこのくらい。
「かーえろっ!お腹も空いたし!」
“ケディ”と刻まれた杖を握って、その少年はポール村の師匠の元へ帰っていった。
まだ幼くして魔法を学びたいと親元を発ったケディは、ポール村で名高い魔術師であるビアウィに育てられていた。ただし、『魔術が上達しないのなら帰れ』という条件付きだった。
だが、事実ケディの魔術はあまり上達の色を見せていない。それでもビアウィが幼いケディを見放せるはずがなく、ずっと面倒を見ていると言うのが現状。
「師匠ただいまー」
「おかえり。で?」
帰るなりビアウィは今日の成果を問う。ケディはこの瞬間が一日で一番苦手だ。
「えっと、その…」
「ふふふ、まぁそう気を落とさないの!お昼できてるわよ」
ビアウィが微笑むと、ケディは少しだけ顔を上げて食卓についた。ビアウィはあたたかいシチューを器に盛って、ケディに手渡した。
「今日は午後は届け物してちょうだいね。ほらいつまでもそんな顔してないで、残さず食べなさいよ!」
「は、はいっ!」
それからケディは食事を終えると、身支度をして、ビアウィに頼まれた荷物を両手に持てるだけ持って家を出た。
村長さん、お菓子屋のおばさん、農家のおじさん…と、順に家を回る。この時、やっぱり近道は欠かせない。ケディは畑や細い路地を軽々と抜けていく。
途中、ケディはとある家の庭の木の間を通った。よく近道に使っていたが、誰が住んでるのかは知らない家。
目に入ったのは散らかった部屋。ただ散らかっているだけなら気にもとめないが、興味を引かれる物を見てしまった気がした。
ケディは乱暴に開かれたままの掃き出し窓から、こっそり家の中を覗いた。
「…あ!」
ケディの目には一つの仮面が写った。よく知る仮面だ。ポール村では誰もが知るヒーロー、ルダンのものだった。
いつもピンチの時にはどこかから現れ、人助けをしてどこかへ消えていく、ケディの密かな憧れでもあるヒーロー。
そのヒーローが姿を明かすまいとつけている仮面が、今ケディの前に転がっている。だとすると、ここはルダンの家だろうか。
ケディは好奇心のままに掃き出し窓から家の中へ忍び込んだ。
「…おじゃましまぁす…」
抜き足、さし足、忍び足。
人の気配は、ない。
ケディは散らかった部屋を抜けて、冷たそうな色をしたドアの前に立った。
ケディは昔から勘だけはいい。この奥には、何か重大な秘密がある。
「開けてもいいかな…?」
開けて、もし、ルダンがいたら。
きっと大好きなヒーローに、嫌われてしまうだろう。きっと大好きな師匠であるビアウィにも、人の家に勝手に入ったことを怒られて見放されてしまうかも知れない。
でもそんなものじゃ、この幼いケディの好奇心は抑えられなかった。
「ちょっとだけ、なら大丈夫だよね…、僕駆け足だったら自信あるもん」
ケディは呟くと、ドアノブに手をかけた。好奇心が勝ると言えども、目の前の恐怖からかドアが重い。
そして少しだけできた隙間に、ケディはその小さな顔を寄せたが、次の瞬間、弾かれるように顔を引いた。