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□夏祭りの夜
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紺の浴衣に黄色の鮮やかな帯を締めて、カーキの甚平を羽織った健吾と歩いていた。
付き合って半年。初めての夏祭り。
「なぁ恵美、どこまで行くんだよ」
祭りを抜け出して、私のオススメの場所まで彼をエスコートする。私が毎年花火を見る穴場まで。
「着ーいた!ホラここ、座って」
「本当によく見えんの?」
座りながら訝しげな健吾の顔。
「任せてよ!毎年ここで見てんだから」
なんて自信満々に笑ってみせた途端、低くて大きい、銃声みたいな、体内に響く音。
「あっ」
珍しく声がそろった。
「始まった、始まった!ね?よく見えるでしょ?」
花火の音にかき消されまいと少し大きな声で言った。
「うん、すげーいい場所」
目は花火のまま、口元だけ笑顔の返事。
連続して、下に上に、左に右に光の花が咲いては散って。
止まらないから、目がそらせない。
花火だけを見つめる。
「…私、花火がヒューって上がってく瞬間、好きだなぁ」
連続していた花火が止まって起こった沈黙に、何も考えずそう呟いた。
「あの光が上がってくとき?」
「うん。花火がはじけるのも好きなんだけど、上がってくのも好き」
三角座りの背を丸め、腕と膝の中に顎を埋めて続けた。
こんな話、正直少し恥ずかしかった。でも何故か、止まらない。
「一直線にひたすらに上がってくじゃん?あれがね、何かカッコイイなって」
「ふぅん…」
ちょうどいいのか悪いのか、ここでまた花火の種が空へ向かって、花を散らす。
柳に見立てた花火が、空に余韻を残して消える。重なるように緑のメロンみたいな花火や、ピンクがかった赤の花火が弾けた。下の方でも、高い声をあげながら光が流れ星のように空を走る。
「わーすごい!」
重なり合った白い花火が強い光になって、その空間を照らした。日が沈んだ今でも、隣の健吾の顔がよく見える程に。
「あれで最後?」
感嘆の声に健吾が反応した。
「んー多分違うと思う。だってまだ時間じゃないもん」
「何時までだっけ?」
「えっと…確か九時くらいかな」
それを聞いて健吾は携帯を手に取った。
「…あと三十分くらい」
「じゃあまだまだだね」
それから九時までずっと、姿勢や目線を変えながら、でも口は結んだまま、二人で花火を見つめていた。